作成者別アーカイブ: ヤマシタクニコ

ヤマシタクニコ について

夜になると目が冴える。休日の午前は私にとって存在しない世界。 ぼうっといろんなこと考えるのが好き。なのに気が短い。なんでだろ。

ン十年ぶりに

今日は高校の同窓会のイベントがあった。
私が「高校の同窓会の」というときは本部の場合と、自分の学年の、という場合があるのだけど、今日のは学年のほう。
受付でとてもおしゃれで素敵なコートを着こなしているスタイルのいい人がいて、「(イベントは)まだなんですね」「とりあえず中に入っておきましょうか」などとあたりさわりのない会話を交わし、ふと「ごめんなさい、お名前は」と聞くと「○○です」。
はっ!とした。2年生のとき同じクラスだったけど卒業以来一度も同窓会に現れたことがなく、時々「○○さん、どうしてるんだろね」と話題になったりしたこともある○○さんだったのだ!
そういわれたら確かに○○さんなのだが、かなり雰囲気変わっていて(いい意味で)、ほんとにわからなかった。
まあ、ン十年経って変わらないほうがおかしいよなーと思ったが、○○さんは私に「○○さんでしょ? すぐにわかった」と言われてしまった。
そうか。わかるんだ・・・。

写真は母校の塀沿いに生えていた草の枯れたやつ。

映画観てきた

今日はインド映画「パッドマン」を観てきた。妻のためを思い、生理用品の普及に努力する男、ラクシュミの悪戦苦闘を描いた、実話をもとにした作品。

という程度の前知識しか持っていなかったので、いろいろびっくりした。
生理が穢れと思われ、その期間中は家の中に入ってはいけない(廊下みたいなところで寝起きする)とされていること、ナプキンが普及しておらず、あまり清潔でない古布を使ってることなどは、あーそうなんだと思うが、ラクシュミが試行錯誤しながら自分で作ったり、モニター(とは言ってなかったが)を探したりしていると、それだけでとんでもない扱いを受け、「もうそんなこと言わないで」「恥だから」と一族離散村八分になりかねない大騒ぎで泣くのわめくのというのを見てると、ギャグなのか笑わせてるのかとまじ悩んでしまった。これが「2001年」のことだという。
(だけど、いま書きながら思い出すと、女をばかにしてくやしい、むかつくという気持ちにはならなかった。なぜだろう。あまりにもあまりなので、メルヘンの世界のように思えてしまうからだろうか? ラクシュミがものすごくやさしいからだろうか?)

で、インドにはその時点で生理用品が存在していなかったのかというとそんなことはなく、あるのだけど、ものすごく高価で、貧しい人にはとても買えない。だけど、都市部に住む知識層の人間は普通に使っている。都市と地方の格差が大きいのだ。地方の村ではヒンズー教の信仰が生活に染み込んでいるみたいで、その影響が大きいのだろう。そして最終的にラクシュミはやはり地方の自分の村に・・・って、ネタバレになるからやめておこう。

ラクシュミは立花萬平みたいな男で、もともといろいろ工夫して作ったり(妻と自転車に二人乗りしやすいように、椅子を据え付けたり)、補修するのが得意。仕事の確かさには定評があるようだ。だけど、いったんものづくりに入り込むと夢中になって、まわりがなんと言おうとあきらめない。やっぱり萬平か。パッドの次はチキンラーメンを作ったのではないだろうか。

ニューヨークでなんとかいう人が挨拶(演説?)する場面で「我が国には人口増という問題がある」というのを聞いて一瞬、がーん!となってしまった。インドと日本は・・・ものすごく遠いのだ。

追記:映画は実話を元にしたものだけど脚色もあります、みたいな説明が冒頭にあった。どのへんが脚色かは不明・・・。

写真は今日の梅田。

カモたち

夕方、外に出たついでに公園に寄ったら、この間「水無し池」だったのがすっかり元のように満々と水をたたえ、カモが元気よく泳ぎ回っていた。というより、何をあわてているのかと思うくらい落ち着きなくびゅーっと水面を突っ切ってきたり、またぎゅーっと方向転換したり。
写真でも高速な様子がなんとなく伝わるかと思うけど、カモたちは何をしてたんでしょうか。

夢と陸橋

初夢となる昨日の夢はジェム(という名前の小さな英和・和英辞典)そっくりで、でもジェムより大きい、たぶんA5サイズの本をメルカリに出すという、どうってことない夢だった。
実はダーリンが持っていたジェムが行方不明になっているのだ。あれを捨てようと思って捨てることはない。ダーリンの所持していたものの中で数少ない、私もほしいと思ったものだったから。
だけど、小さいので何かに紛れてしまった可能性は否定できない。まだ片付けてないところがあるので、そのうちひょっこり出てくるんじゃないかと思ってたが、いつまで経っても出てこない。やっぱり知らない間に捨ててしまったのかな・・・と気になってた。それが夢に出てきただけで、夢としては飛躍も奇想もないものだ。まあ私のみる夢なんかそんなものだ。
でも、どっかから出てこないかなあジェム。もう無理か。

堺市庁舎の展望ロビーでプロジェクションマッピングが見られるというので、行ってみた。展望ロビーは21階の高さで、360度開かれた大きな窓から夜景もきれいに見える。その夜景に重ねて音楽とともに映像が映し出されるのだが・・・・・・・・・

 

夜景だけのほうがよかったと思う。

 

気を取り直して。
帰りに堺東名物(と私が勝手に思っている)、大小路橋を撮ってきた。ぬめぬめとややこしい陸橋でおもしろい。広角持ってけばよかった。また撮りなおすかな。

 

そういえば、去年一番最後にみた(というか、覚えている)夢は、仕事をひとつ、完全に忘れていたことに気づいてぼーぜんとするという夢だった。夢と知ったときの安堵感といったら(しかも、この手の夢ははじめてではない)。

今晩みる夢が初夢なのかな。
いい夢がみられますように。

今年はとうとう、元旦に一部持ち越してしまった、年賀状書き。・・・

あけましておめでとうございます

やろうと思ってたことの大半を積み残したまま2018年が無情にも終わってしまいました。今まででもっともひどい出来だったような気がするけど、単に計算外の出来事が多かっただけで、そのこと自体は悪いことではないと、いいように考えることにします。
ともあれ、机のまわりを片付けなければ。データのバックアップしなければ。USBポート増やさなければ。写真の整理しなければ。掃除しなければ。録画したままほったらかしてるやつを見なければ。
というのは後回しにして、今日はだらーんとしようかな。
今年もよろしくお願いいたします。

写真はお正月とか新年とかと全然関係ありません。

映画観てきた

久しぶりに映画を観たというか映画館に行ったというか(感無量)。
とりあえず「ボヘミアン・ラプソディ」。うん、良かった。
特にクイーンのファンというほどではないんだけどね。
クイーンはあの当時、「変わったバンドだな」と思ってた。音域広く、それを誇るように朗々と、これでもかとばかりに歌うリードボーカル、そしてコーラスがやたらキマってて。そんなバンドはほかになかったように思う。
フレディ・マーキュリーが若くして亡くなって、そんなできすぎた話があるのかと思った。天才肌の人間が伝説になる。ドラマを地でいってる。

三連休も終わったし、この映画が公開されてずいぶん経っているからもうだいじょうぶだろうと思ってたけど、ほぼ満席。私の隣の席の人は(連れの人との会話でわかったが)リピーターらしく、当然熱心なファンなんだろう。途中からずびずびとすすり泣き始めた。私もつられてハンカチを取り出したけど、よく考えたら筋金入りのファンでもない私が泣くとしたら単に「ああ、この人は死んじゃったんだ」という感傷に過ぎないだろう。それは映画に対して失礼な気がして泣くのをやめた(やめられるんかい!)。

改めて聞くとやっぱりクイーンってすごいなと思った。すいません、今頃で。

写真は今日の御堂筋。

一段落したが

やるべきことがいくつか重なってばたばたしていたが、一段落した。ふーっ。
さー、後回しにしてたこと、どれから手をつけようか。と思いつつ、今日はどーっと気がゆるんで、ゆるむままにしてしまった。ま、いいでしょ。

写真は何日か前に撮ったもの。ああ、どっかに写真撮りに行きたい。それから映画に行って、本読んで・・・それから・・・。