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ヤマシタクニコ について

夜になると目が冴える。休日の午前は私にとって存在しない世界。 ぼうっといろんなこと考えるのが好き。なのに気が短い。なんでだろ。

汐見橋線(2)木津川駅

汐見橋駅からまた電車に乗り、木津川駅で降りてみた。その昔は木材を積んだ貨物列車が頻繁に通り、工場もあって栄えた駅だそうだが、今は貨物も通らないし、ひっそりとした無人駅。

などと、全く自分と関係ないような書き方をしたけど、確かに私が子供の頃は、家の近くの駅を貨物列車がしょっちゅう通っていた。踏切でそれを見ながら「1・・2・・」と車両の数を数えたものだ。車両の数は一定でなく、多いときは5両とか6両あったと思うが、今となっては自信ない。

小学校の校区内には貯木場(木材を一時的に浮かべておくところ)もあって、そこは「行ってはいけないところ」の一つだった。何せ子供だからそれがいちいちどういうことを意味してるのか考えてない。後から考えて、ああ、あれはそういうことだったんだとわかる。

つまり、汐見橋線は私にとって「今だからわかる『ああそういうことだったのか』」がいっぱいある線なのである。わかったからどうってこともないけど。

改札機のすぐ横が男女共用のトイレ(お手洗と書いてある)。絶対入りたくないと思う。

駅舎は昭和15年に建てられたものだそうで、当時としてはモダンだったのだろう。面影はある。

駅のそばはなんとなく殺伐とした風景が広がる。
被写体としては悪くないと思うけど、歩いていると「おばはん、何しとんねん」と怒られそうな気がする。誰に怒られるかというと、この風景に。なので、小さくなって歩く(もともとちっさいわ!)(すいません)
(写真左奥が駅のあたり)

と思いながら歩いてると、水門があった。ひゃー。

なんか迫力ある。

すでに夕方になってて、もろ逆光。私の腕ではきれいに撮れなかったけど、これはまた機会を改めて撮りたいところ。遠景もいいだろうな。どこから撮ったらいいのかな。などと考える。

続きはまた(まだあるんか)

汐見橋線(1)

月曜日に汐見橋線に乗ってきた。気分転換。お天気良かったし。
汐見橋線は岸里玉出から乗り換える線。今やローカル中のローカル、秘境とまでいわれてる線だが、前にも書いたかもしれないけど、子供の頃はこの沿線に住んでいた。住んでいた、けど何せ子供だから家の周りをうろうろしてただけで、最寄りの駅以外はほとんど知らない。子供らだけであっちこっち行ってはいけません、と夏休み前とかはしつこく言われたし。言われたら行きたくなるもので、先生にそう言われるとわざわざ「えー、ほな難波とかも?」とか聞く子がいたもんだ。あかんゆうてるやろっ。

まあなんでも、なくならないうちに乗っておかんとな・・・と思って。

とりあえず終点の汐見橋駅まで。明治33年に高野鉄道の終点としてできたという古い歴史ある駅。難波より古い。かつては広い貨物ヤードもあったと聞くが、今はなくなってて、跡地が下の写真にちょっと見えるオートバックスになったようだ。

そういうわけで今の汐見橋駅はこんなにコンパクトでおまけにおととしに壁面に絵がペイントされ、なんだかかわいい駅になっている。

中に入ったところ。
ホームをシャッシャッと掃いているおっちゃんがいて、いい感じでした。いや、おっちゃんと思うのだけど、ひょっとしておばちゃんだったかな(わからんのかい!)。だってずっとうつむいて、シャッシャッ、シャッシャッと掃いておられたもので。

そして、次の写真はホームから改札の方を向いて撮ったもの。そう、頭端式ホームです! ホーム一つしかないけど。いや、頭端式ホームを網羅するつもりはありませんってば! ないです、まじ。

緩やかな勾配の下に改札。左右には植木が植わっていて、のんびりした雰囲気。屋根の腐食激しいけど。

で、続きはまた明日。

昨日の夢

最近ちょっと疲れてる。おかしいな。最近だらだらするばかりで特に疲れるほどのこともしてないのに。
あ、そうか。これはひょっとして・・・だらだら疲れ?!

ともかく、あー疲れたと思いながら寝たら夢の中でも見知らぬ市役所(とおぼしき建物)の中をうろうろしてた。何を目的としてうろうろしてたのかわからないけど、建物は古めかしく、しかも増築を幾度も繰り返したらしいややこしいつくりになっている。廊下にも本棚があってそこに必要なのかどうかもわからない資料が突っ込まれてるし、段ボール箱もあちこちに無造作に置かれている。

よく見ると棚や壁の何箇所かに「名札入」と書いた紙が貼られてる。イベントで使った名札を回収? 少なくともそう認識してるのだけど、夢の中でそれは右から左に書かれてあったので本当は「入札名」かもしれないけど、それもよくわからん。

そしてあるところで向こうの部屋に行こうとしたら段差があり、転ばないようにという配慮か、入り口に跳び箱の跳躍台みたいなものを置いてある。でも、これが登りにくいのだ。何回やってもずる、ずる!と滑り落ちて、向こうの部屋に行けない。

いや、そもそもなんでそこで、その跳躍台に腹ばいになって登らないといけないのかと思うよね。

そこが夢なんだよ。

なぜかシェルブールの雨傘

洗い物をしながらふと、昨日ドラッグストアで見たマスク、最近はやりの形で、色もきれいだったけど5枚入りで600円だったな・・・高いな・・・同じ形のやつで黒いのをこないだ買ったけど、2枚で100円やったな、セリアでは・・・つまり1枚50円・・・5枚で600円やったら1枚120円・・・高っ! 倍やん(倍以上やけど)!ばいやん!ばいやん!と口に出して言ってるうち「バイヤンパンパン」という歌があったことを思い出した。

バイヤンパンパン、バヤンパンパン、バヤンパンパン、バーヤン!で始まる歌。
どういう意味やったんやろ、あれ。

気になるので洗い物を途中でやめてぐぐったら動画があった。

しかし、イマイチ。

なぜかそばに「シェルブールの雨傘」の動画もあって、そっちをつい見てしまい、最後のシーンで「うわ、危ない危ない! 黄色い線の内側まで下がらな・・・黄色い線、ないやん!ナイヤン!」と思った。

(早う洗い物しいや!)

映画観てきた

大みそかは難波で「マトリックス レザレクションズ」を観てきた。
過去のマトリックス三部作は観ていたけど、今度はどうしよう、観るべきかそれとも・・・と迷っていた。
この前も書いたけど、迷ってた最大の理由は予告編をみたらキアヌが髪を伸ばし、ヒゲだったから。キアヌは「JM」「スピード」「マトリックス」など、短髪がとても似合う。それがちょっとほっとくと髪を伸ばし、ヒゲ男になるんだよね。似合わないよって、私がなんぼゆうてもあかんのです。キアヌ、聞こえてないと思うけど。

もちろん、それ以外に「続編」となると駄作も多いから要注意だぞ、という警戒心もある。しかし、新聞の映画評読むと、意外といいらしい。それで、まあ長髪でも我慢するかと、腰を上げたのであった。

結果、ほんと、割と良かった。
マトリックスは最初のがもちろん、すごく良くて、この世界が仮想現実で実は・・・というテーマは「やっぱり! 私もそう思ってたわ!」と、思わずポンと膝を打ったもんだ。でも、その後、「リローデッド」「レボリューション」と、なんだかもうよくわからんようになってた。続編ってよくそういうことあるよね。

だが、今回の「レザレクションズ」は、「リローデッド」「レボリューション」はどうでも良くて、もう一回最初のマトリックスに戻ろうよ、な感じなんです(私の解釈)。そして・・・途中、キアヌは前のようにほとんどスキンヘッドに近いヘアスタイルになってたのだ! 仮想現実では長髪なんだけど。そして、さすがに年はとったものの(よく考えたらもう還暦近い)、やっぱりハンサムで、そのハンサムぶりが単なるハンサムではなく「特別な人」感いっぱいのハンサムなのだ。この「特別感」があるというか、どこか浮世離れした感じがあるおかげで演技が下手でも苦にならないのだと思う。ほめてるのかけなしてるのかわからんけど。

(注)「イケメン」という言葉があまりにも範囲が広いというか、どうでもいい人の場合でも使えるようなので、あえて古風な「ハンサム」という言葉を使用しました。

えっと。
そういうわけで、途中、説明が長いシーンでは「長いまばたき」があったりもした私だが、最後はちょっと感動。そして、なんともシュールでややこしいマトリックスシリーズならではのアクションシーン、音楽も良かったし。

映画の後は、大みそかでどこも早々と閉まってるのでめっちゃ寒い中をさっさと家路に着いた。


下の写真はなんばパークスのイルミネーションなんですが、このあたりが、風あたりがものすごくきつい。構造上の問題なんだと思うけど、今日なんかもう、一瞬で凍りつくような冷たい風がごおごおと吠えるように吹きつけていて、ここを通るときはみんな「ヒャー」とか「さっぶー」とか言いながら逃げるように去っていきます。これ、他の場所に移したほうがいいんじゃないかな。

年末のバタバタ

年賀状を書こうとして、私の場合は毎年下手くそなまんがを描いてるわけだが、そのまんがを描こうとしてペンタブを取り、ペンを・・・と思ったら、ない。パソコンの周りは思い切り散らかってるが、とにかくその近辺にあるはず。でも、それがどう探してもない。
世間ではよく、探し物がとんでもないところから発見されたという話を聞く。冷蔵庫にメガネがあったとかバッグの中から電話の子機が出てきたとか。思い込みは禁物だ。だから私ももちろん探しましたとも。冷蔵庫に本棚、引き出しは当然チェック。洗濯物入れの脱いだ下着をかき回してもみたけど、やっぱりない。

あきらめてヨドバシのネットショップで注文。ひょっこり出てくる可能性はあるが、それまで年賀状を書かないと言うわけにもいかず、そもそもその時点で12月28日だよ!

注文したのはいいが、届くのは31日になりそうだとわかった。うーん。うーん・・・
しばし悩んで、「店舗で受け取り」することにした。

で、昨日の午前中に梅田のヨドバシへ。毎日家の近所のスーパーとかその近辺ばかりうろうろしてるので、たまには電車に乗って花の梅田に出かけてもいいじゃないか!と、本当に行って、ペンを一本受け取って、また帰ってきた。われながらぜいたくなことをするもんだ。

開店前のヨドバシに行って注文した品物を受け取るというのは初めて。24時間対応ということだから、家がもっと近ければもっと早い時間に受け取ることもできるわけだ。
専用の窓口があり、そこで注文番号を告げる。実際にはiPhoneの画面を見せたわけだが、スタッフの早いこと。斜め前からチラと画面を見ただけでさささっと番号を入力する。すごい、と単純に感心する。

もし、私くらいのおばちゃん(おっちゃんでも可)スタッフなら「えーと、ちょっと待ってください。2、3、えっと・・・すんません、画面、こっち向けてもらえます? あ、はい、えっと・・・あ、間違うた。すんませんね。目が悪うて、いや、もう」とかなんとか、ものすごい時間かかりそう。それが一瞬ですから、ああ、若いってなんて素晴らしいんだ・・・。私が雇用主でも絶対若い人雇うわ・・・何が悲しくて中高年を・・・いや、もちろん、年を重ねた人間にしかできないこともあるはずだと、思いたい。思いたいけど、あったかなあ。多分・・・あるよね・・・何かあるよね!(心細い)

まあそんなわけで昨日、帰ってから慌ててそのペンを使って年賀状のまんがを描き、めでたく今日、投函してきました。12月30日。そうか。今年は12月30日。まあペンが行方不明になるという想定外のこともあったし、仕方ないな。で、去年は何日に投函したっけ・・・と思って日記を繰ってみたら、やはり12月30日じゃないか! なんだそれ!

写真は近所のメタセコイヤ。

JR天王寺駅

頭端式ホームについてこのブログで書いたっけ。書いてなかったっけ。
まあいいわ。一部、前に読んだことがあったらスルーしてください。

阪急の梅田や南海の難波みたいに行き止まりの線が何本か並んでて、その前に改札があるタイプのホームが頭端式ホームらしい。もっとも、梅田や難波みたいにたくさん並んでる必要はなくて、阪堺線の天王寺駅も線が一本あるだけだけど、頭端式ホーム、なんだそうだ。頭端式ホームでないのは「通過式」というらしいが、私には通過式のターミナル駅というのが「?」である。ターミナル駅といえば難波や梅田みたいな形をイメージしてしまうのだが、関西の私鉄には頭端式ホームが多いらしい。だから無理ないともいえる、と思う。

で、日本で一番規模が大きい頭端式ホームは阪急梅田(10面9線)らしい。二番目が南海難波(9面8線)。でも、どっちも飽きるほど見てる駅なのでどうってことないな。

JRの天王寺駅(5面5線)はほとんど行ったことない。と気づいて、この間天王寺に行った時、わざわざJRを使って写真撮ってきたのだった。それが下の写真。屋根がきれい。

次に撮ってこようと思ってるのは(いえ、別に頭端式ホームを網羅しようとか考えてるわけではないんですが)、近鉄阿部野橋駅。今は正確には「大阪阿部野橋駅」らしい。6面5線の頭端式ホーム。

もう、ずーーーーっと前、私が若かった頃。阿部野橋駅の、なぜか改札の内側で当時つきあってた子と待ち合わせたことがあった。平日の夕方。
早めに行って待っていると、次々に電車が入ってきて、そこから吐き出される人たちが、ザク、ザク、とでかい文字を入れたくなるような(漫画のシーンみたいに)ど迫力で改札に向かってやってくる。その量がすごい。黙々、ザクザク、こっちに向かってものも言わず(まあ中にはしゃべりながら歩いてる人もいくらでもいたと思うけど)やってくる。この中にあいつがいるんだろうか、と一応キョロキョロ探してみるが、なんだかもう、頭がクラクラしてきたものだ。

そうやってかなりの時間、目の前の恐ろしい人並みに圧倒されて疲れ切ったところにやっと、そいつがやってきた。
「すごいだろ」と言った。
「もう、いい!って言いたくなっただろ」と言った。全くその通りだけど、わかっててそんなところで待たせたんかいっ。

当時は阿部野橋に限らず、難波でも梅田でも通勤通学ラッシュはすごかった。今はあんなに恐ろしいことはないと思う。ていうか、阿部野橋もだいぶ変わったはずである。

ろくろは難しい

2週間ほど前、陶芸の体験教室に参加してみた。高校の同窓会のイベントなんだけど。

私は絵を描くのは子供の頃から好きだった(うまいとは言えなくても)が、粘土細工とか何か組み立てるとかの「工作系」が苦手。デッサン力もあまりないし、立体把握に問題がありそうな気がする。方向音痴なのも鉄棒など回転することに対して異常に怖がりなのも、高所恐怖症なのも関係ありそうな気がする。

つまり私は平面限定の人間なんだと思う。ああ、紙の中に潜り込みたい。

そういう私が参加してきたわけで、結果があれなのは予測の範囲内。そして、これはどうも運動神経とか決断力が必要な分野だなと、またまたしみじみと思ったのである。

ろくろは確かに面白い。手動のやつなのだけど、えいっと力を込めて回すとけっこう早いスピードで何回転もする。その時に道具や手をあてがっておくと、きれいな円に切り取ることができたり、指先をなめらかに動かしていくと土をこねたものがどんどんなめらかに、きれいに整っていく。ハマる人がいるのもわかるような気がする。
ただし、私の場合は例によってチョー怖がり。今だ!というタイミングを見極めるのも常に出遅れる、ダメダメな人なので、案の定、ふと周りを見渡すと、どうみても自分のが一番下手。ヒー。

まあそれでもね。体験教室は形にするまでで終わって、写真のように、釉薬を塗って焼き上げてもらったやつは一見それらしく見え・・・ないか。縁がなめらかになってないのが写真でもわかるし・・・そもそも、もうちょっと薄手に仕上げるつもりが薄くなってないし。


ちなみに、器の下にあるのは「マトリックス」のパンフレットです。シリーズの新作が出たそうだけど、観るかどうか迷ってます。キアヌは短髪が抜群に素敵なのに、今回は長髪らしくて。

メタセコイア2021

おととし、二駅向こうの公園でメタセコイアの写真を撮って、ブログにも一部を載せたけど、あの時は体調悪くてさんざんだった。昨日、近所のメタセコイアを撮ったけど、そんなことを思い出して、元気なうちにいろいろしておかないとなーと改めて思った。で、わざわざタイトルに「2021」とつけた。

タイトルで思い出したが、デジクリの編集長によく「タイトルが短すぎる」と言われ、再考を要求されたことが何度もあった。デジクリではコラム的なものが主流なので、それが普通なのだろう。例えばこの文章のタイトルに「2年ぶりにメタセコイアを撮ってきた」とか「メタセコイアがかっこいいわけ」とか「メタセコイアと『めちゃせこいわ』の関係を探る」とかするような感じ。長い・短いではなく、タイトルをつけるときの考え方がすでに違うというか。
私はそっちから来たのじゃないので(て、どこからきたんだ)、一番短い時は「手」などという漢字でもカナでも1文字という短いタイトルで出したりしたもんだが、編集長からは「頑固だなあ」と言われたりした。私もだんだん折れて、長いタイトルにしていったが、そうなると中身も変わっていったような気がする。あ、こんなこと書くと長くなるしややこしくなるぞ。

それはさておき、メタセコイアは四季折々に美しい姿を見せてくれる。もう紅葉は終盤という感じだけど、葉がすっかりなくなって、すらっとした紡錘形の樹形がくっきりする冬も素敵。雪が降ればなお素敵なんだろうけど。

うなされる

忙しい時期が続いていたが、そろそろ落ち着きつつある。
でも、今日も気になることがあって早起きして電話を入れたりした。早起きといっても世間の勤め人が仕事を始める時間だけど。

ゆうべ寝るときも、「明日は寝過ごしちゃだめだ」と自分に言い聞かせ、言い聞かせ、目覚ましとiPhoneのアラーム二本立て、それと枕の神様にもとんとん叩いてお願いしたり、大変だ。

なので、夢を見て「いや、やめてください、やめてください」とうなされて目が覚めたのは、そんなわけで落ち着いて寝てられない状態だったからだと思う。ああ、私、うなされてるわ、と思っている自分がいたのも知っている。

だけど、その夢って「探偵ナイトスクープ」に無理やり出さされてる夢だったって、どうなんだ。そんなことでうなされるなと言いたい、自分に。
だいたい、あの番組はもう長いこと見てないのになあ。私の脳はどうなってるのだろうか。

日曜日は高校時代の同級生・Iくんが出品している公募展を見に、天王寺の美術館に行った。最終日だったので。
受付にたまたまいたIくんと少ししゃべったりした。

で、帰り道、あべのの陸橋から写真を撮る。

あべの橋=天王寺なわけだけど、子供の頃、そして結婚してしばらく平野区に住んでいた身からすると、あそこはやっぱり「あべの橋」なんだよね。日曜日など、さてどこへ行こうか、とりあえず「あべの橋」行きバスに乗って、着いてから考えようか、なんてことも多かった記憶がある。「1番」と「2番」があって、「2番」のほうが遠回りだったかな。もうだいぶ忘れた。