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掌の建築展

「掌(てのひら)の建築展」という展覧会に行ってきた。建築ミニチュアを集めた展覧会。といっても「建築ミニチュアって?」と思うと思うが、お土産として売られているようなやつである。そう言われたら、子供の頃、うちには小さな通天閣があったような気がする。あれだ。

会場は大阪くらしの今昔館。前から行こうと思ってたけど、行ったことないし、いい機会だから常設展も見て・・・と思ってたが、そこは私のことだ。ぐずぐずと支度に手間取り、挙げ句の果ては家を出て歩き出した途端にマスクをしてないことに気がついてまた戻ったり、そんなこんなで着いたのは閉館ぎりぎりの4時半だった。もー。

まあ仕方ないので常設展(昔の大阪の町並みを再現したもの)はまた今度・・・ということでほとんど通り抜け(いや、常設展コーナーも秋に改修工事するとか?!スタッフの人が言ってたぞ!)。企画展の「掌の建築展」だけ見てきた。

写真撮影可だったのでいっぱい撮った。全部iPhoneだけど。その中からほんの少し。

このケースは日本の、その中でも関西の建築が多いやつ。太陽の塔に京都タワー、通天閣、ポートタワー、夢殿、あべのハルカス(ちっさ!) 堺の灯台もある!(わかると楽しい) 左奥の変な塔は何かな。

これはロシア。パルナスの歌が聞こえてきそう。ロシアのおじさんが出てきそう。

スペイン。サグラダファミリアがある! あとは・・・わかりません。

これはアメリカ。さすがというか、まあこうなるよね。アメリカ土産なんだから。歴史的建造物?それがどないしてん、というとこか。

全部で17コーナー、約800点ほどもあるので、気になる人はぜひ現地へ(8月29日まで)。
駆け足で見て回っても、やたら派手なケースがあるかと思うと地味なところ(韓国とか、色が地味だった)もあって、やはり特色があるんだなとも思うし、でも、基本、同じだとも思う。例えばどこかのメーカーが世界各地のお土産を一手に引き受けて作っていると言われても納得しそうな? 発祥はどこなんだろう?

会場には「記念品」のコーナーもあった。竣工祝いとか何周年記念とかで配られるようなミニチュア建築。貯金箱になってたり文鎮になってたり。ああ、こんなのあったなあと思う。あの手は・・・あまりかわいくないんだよね。立派に見せるためのものだから。

分離派建築会100年

と題された展覧会に行ってきた。京都国立近代美術館へ。この付近はものすごく久しぶり。

私は京都観光とかに特に興味がなく、グルメとかショッピングも別に・・・という人間で、京都に行くときは大体展覧会を見に行くときだった。なので、京都と言えば岡崎公園で、市バスの「46系統、岡崎公園行きです。危険物の持ち込みはお断りします!」というアナウンスがたちまち脳内再生されるくらいなのだけど、その岡崎公園に長いこと行ってなかったように思う。なんせ、京近美というといまだに旧館を思い出すけど、今の新館って1986年にできたらしいやん! 全然最近でもなんでもないやん!

なんで行かなくなったのかと考えるに、多分、最近あまり見たい展覧会が京近美や京市美=今の京セラ美術館=ではなかった・・・ような・・・京博には何回か行ってるような気がするし・・・あと、京都が年々混雑がひどくなったからかなと思う。
その点、今はほどほどの人出で、いい感じだった。人が多いと頭バクハツしそうになるもんね。

で、分離派ですが。
この展覧会、意外と(?)面白かったです。
ああ、なんだ、あの建物も、この建物も分離派だったの?!みたいに、あまり知られてないけど実はすごく身近なテーマで、そして運動を青春群像っぽくとらえているところも楽しい。入り口で平日限定で配布されている「マンガで見る!分離派建築会 実録エピソード」という冊子があるのだが、これを前もってサイトでダウンロードして読んでいたせいもあるかも?

マンガの作者は分離派のメンバーの一人、山田守氏のお孫さんにあたるそうだが、まなざしがやさしいというか。絵柄もあたたかく、品良く、9人のメンバーをすごく魅力的に描き出している(下はその表紙)

今はなき四ツ橋の電気科学館や京都タワー、武道館。私でも行ったことある東京の隅田川にかかる永代橋や清洲橋、インスタでよく見る聖橋も、みんな分離派の作品なのだそうだ。昔のデパートの白木屋、昔の東京朝日新聞社も(あ、それで、朝日新聞が展覧会の共催?)。詩人の立原道造は東京帝大建築の出身で、大学卒業後に分離派のメンバー、石本喜久治の事務所に入った・・・なんてことも知らなかった。いろいろ興味深い。日頃、ちょっと変わった建物やレトロな建物なんかあるとつい写真を撮ってしまう私はわくわくしてしまった。やはり単に眺めるだけでなく、知識が増えると楽しみが増すってことだよね。

展示は主に写真や図面、模型など。
写真や本などの資料を大伸ばしにしてプリントしたものがいっぱい壁面にディスプレイされていたけど、あれは最近の流行りなのだな。この間行った高林和作展でも、作品のでっかいプリントがあって「プリント代、高そう・・・」と思ったもんだ。分厚い図録と別に薄い冊子を配布するのも共通だ。なるほどね。

展示室のエントランス部分だけ写真撮影可だった。というより、写真撮影用の空間なわけだ。特に説明もなく、各展示室の展示写真を抜粋しただけみたいな。(下)

堺市というところ

さかい利晶の杜に行ってきた。「高林和作展」を観に行ったのだけど、思ったより作品数少なかった。堺市は、高林和作の作品をかなりたくさん所蔵してるとのことだったのだが。まあいいけど。いや、よくないけど。

さかい利晶の杜に行ったのは初めてだ。2015年にできた施設だけど、私なんかからすると場所が不便すぎるもんで、まー、行くこともないだろうなーと思った。なんせ「阪堺線の宿院から徒歩1分」・・・そりゃ便利だ!とはならない。
阪堺線なんかどこから乗るねんって話だ。
現に私も長いこと生きてるけど、阪堺線に乗ったのは1回しかない。それも、大阪市内に住んでた頃で、堺市南部に移ってからは全然乗る機会がない。必要性を感じたこともない。
もちろん、宿院あたりはいわゆる堺の旧市街、かつての中心地だし、史跡も多い。だからまあ、そういうものができたりするんだろうけど、どうもその辺、ぴんと来なさすぎる。「旧市街」の住民とそうでない者との意識の違いってやつだね。まあいいけど。いや、よくないけど。

考えたら堺市にけっこう長いこと住んでるわけだけど、いつまでたっても「わが街」という気がしない。なぜかなあと、時々思う。
職場が同じとか、近所だからとかいう理由で、別にそんな気はなかったのに考えたら長い付き合いだなと思う人がいる。でも、長く付き合ってるから好きになるわけでもない。そんな感じ、だろうか。好き嫌いの感情は自分でもどうすることもできないものだ。

などということを、やたらと広くて寂しい感じしかしない、フェニックス通りと大道筋の交差点に立って思ったりする。

<追記>利晶の杜のある「宿院」へ行くには別に阪堺線に乗らなくても「バス」という手があります。宿院を通るバスルートは2つあって、どちらも1時間に1〜2本。うまく利用すればうまくいくと思います。ちょうど変な時間に行きあわせたりしてうまくいかないと腹が立つと思います。
ちなみに私はまるで勘違いしてシャトルバス(堺東駅と堺駅を結ぶバス)に乗ってしまい、途中で気がついたので「大小路」で降りて・・・あとは歩きました。これは論外です(笑)。

写真はさかい利晶の杜で。