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えらそうな

昨日、ひさしぶりに梅田に行ったわけだけど、スカイビルに行く地下道がなくなってて一瞬途方に暮れた。よく見たら地上の通路ができてたので「なーんだ。そういえば前に来たとき『この地下道は○月○日でなくなります』みたいなこと書いてあったような・・・そうか、やっとなくなったか、よかったよかった、朗報じゃ。うっとうしかったもんなー、あの地下道」と思いながら歩いてたらその地上の通路が途中でなくなってて、そこから先、やっぱり地下にもぐらなければならなかった。

地下道、まだなくなってなかったんだ。
短くなっただけ・・・。
まあいいけど。

ヨドバシビルの工事がだいぶ進んで、こんな感じになってた。梅田がなんだかどんどん、えらそうな街になっていく。

21世紀の女の子

昨日はシネ・リーブルで「21世紀の女の子」という短編映画集を観てきた。ほとんどが90年代生まれという若い女性監督15人が監督した8分の短編映画15本。そのうちの1本に友人が出演しているという興味から、次第に「なんだかおもしろそうだな」と思い始めて、初日の昨日、さっそく行ったのだ。
「友人が出演している」部分は「えっと・・・ええ?今のとこ?!」な感じだったが、それはさておき。

テーマは「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」。これはむずいね。これが映画でなく小説だったら、私だったら、なにを持ってくるかなと考えると。
15本の中で私の一押しは山中瑤子監督の「回転てん子とどりーむ母ちゃん」。画面もいいし、テーマの料理の仕方もいいな。監督、97年生まれって、すごすぎだ。

ていうか、よく考えたら「自分自身のセクシャリティ云々」のテーマって、だれでもあることだと言えるんじゃないだろうか(え、ない?)。とすれば、思い切り好きなように、自分の実感でもってやればいいんじゃないかと、後から思った。

15本のうち1本はアニメで、エンドロールが流れる横で映ってたのでところどころ見逃したけど、これがなかなかよかった。切ないのだ。女の子でいることは切ないのだと思わせた。

紅茶でびっくり

昨日はびっくりした。冷凍したご飯をレンジに入れて、しばらくしたらピーと音がしたので(うちのはチンじゃない)扉を開けてみると、熱々の紅茶が入ったカップがあったのだ。一瞬なにが起こったのか理解できず・・・。
そういえば、その前に紅茶を飲もうとしてカップに水とティーバッグをセットして入れて・・・ピー(うちのはチンじゃない)と鳴ったんだろうけど全然気づかず、すっかり忘れてたのだ。
2回もピー(うちのはチンじゃない)された紅茶は怒り狂うようにふつふつと煮えたぎって真っ黒だった。取っ手が熱くて持てないくらい。

下の画像はイメージです。実際は奥にごはんがあったわけです。

大阪の地下鉄

去年の12月、大阪メトロが御堂筋線と中央線の計15駅を「大改装」するとして、なんかもう、「ええっ」「ちょっと待って」「まじですか」「うそでしょ」みたいな案を発表してびっくりした。あまりのことにイメージ変更を求める署名活動が起き、私も参加したのだけど、このほど、大阪メトロが「利用者の意見を聞くなどし、半年以内に新たなイメージ図を公表する方針を示した」という。あーよかった。って、まだまだ油断できないし、今回みたいなことがあるとなんとなく前途多難な気がして、心配性の私は内心あきらめてたりするけど・・・第二案がよくなるとは限らないし・・・。

街も言葉と同様、どんどん変化するのがあたりまえだし、単に自分の好みやノスタルジーを基準にして「変えるな」とか「伝統を守れ」などというつもりはない。かっこよくて、よその人に自慢できるようなものであってほしいと思うだけ。どの時代にもセンスあるデザイナーや建築家はいるはずだから、できないことはないはず(と思うけど・・・要はそれを使う人たちの・・・)。

東京に行くと、地下鉄がひどい。狭いし薄汚れてるし、ややこしい。路線によっては深く深く潜らないといけないので、あまり長居したくない。大阪に戻ってきて御堂筋線に乗るとほっとする。古いわりにいい線いってるよなーと思う。横浜や神戸の地下鉄はすっきりしてるけど、あれは新しい(70年代開業)から当然だ。
大阪の地下鉄よ、いつまでも格調高くあれ! できたら・・・。

写真は天王寺駅。

阿倍野で寒かった

用があって阿倍野に行った。帰り際に写真撮った。
昨日と打って変わって寒い。歩道橋に風が吹き付け、「きゃー!」「寒ーい!」と言って女子高生たちがげらげら笑っていた(なにがおもしろいねん)。
でも、最近の女子高生ってなんでコート着ないの? 寒くないの?
むかしは男子は真冬でもコートなし、学生服で過ごす子が多くて、寒ないんやろかと心配したもんだけど、女子はコートしっかり着てた。私なんか制服のブラウスのかわりにタートルネックのセーターを着てその上にブレザー型のジャケット、さらにコート着ていったけどなあ。

メリー・ポピンズ リターンズ

「メリー・ポピンズ」のDVDで予習を済ませ、今日は晴れて「メリー・ポピンズ リターンズ」を観てきたが・・・。
うーん。私的にはあんまりおもしろくなかった。しゃれっ気満載、ユーモアたっぷりのオリジナルに比べて中身が少なく、それを派手な装飾でごまかしてるように思えた。トプシーが登場するシーンはやたら長くて退屈で、結局この部分なくてもよくない?な感じだし、ラスト近くで「それができるならさっさとやれよメリーポピンズ!」と言いたくなったり、メリーの活躍ぶりも中途半端。それに、前作から約20年後の設定なので子ども達は成長して親になっているが、妻は死んでるし、家政婦は年老いてるし、「いなくなったものたちの住む場所は♪」とか言われて、全編なんとなく諸行無常の響きあり、だ。ああ。ぱーっと舞い上がっても何になろう、とおばさんは思ってしまう(ネタバレ)。
思い切って現代に登場させるなんてことはできなかったのかな。当時のファッションとか街並みは確かに魅力的だけど。途中思わず長いまばたきをしてしまったのは内緒だ。

写真はそれと関係なく、ある日の夕景(たぶん3日前)。

メリーポピンズ

いつだったか三谷幸喜がエッセイで「メリーポピンズはセリフもすっかり覚えているくらい何回も見たお気に入りの映画」と書いてたのを読んで、そうか、いっぺん見とかなくちゃな〜と思っていた。
すると、今度は近々新しいメリーポピンズの映画(「メリーポピンズ・リターンズ」)が公開されるという。ちょっと見たい気がするけど、それにはやっぱりオリジナルを先に観なくては!と思ってた矢先、押入れの中からDVDが発掘された(しかも、二枚組・未開封)。

で、今日は封を切って、ひとり鑑賞。うん、確かにおもしろいおもしろい。途中、やや退屈な部分がない、とはいえないけど、かな〜り好み。ダーリンも、たまにはいいものを遺してくれるもんだ。
私が特に、これ、好き!と思ったのは「笑い上戸のおじさん」の話だけど、そういえば「LIFE」で超重い靴をはいていないとふわふわとどこまでも浮かび上がってしまう社長の話があった。そのときはおもしろいことを考えるもんだなと思ったけど、元ネタはこれか? メリーポピンズがどうしてやってくることになったのかの経緯も楽しい。公園の、木々に囲まれた回転木馬はとても美しいし。

ちょっとよくわからなかったのは繰り返し出てくる「義足のスミス」の話。私は頭の回転がにぶいので、何回目かでやっと「あ、そういうことかな」と思ったが、当然映画の中の「爆笑」にはついていけない。ここらが難しいところだ。

バンクス家(メリーポピンズが乳母としてやってくる家)の当主の妻は「女性に参政権を」という運動に夢中で家の中のことは二の次状態。「チム・チム・チェリー」の歌は知っててもそういう設定は知らなかった。この映画の時代設定は1910年。イギリスでは1918年に30歳以上の戸主の女性に参政権が与えられ、28年に男女平等(21歳以上)の普通選挙権となったそうだ。

ポートタワー

昨日は神戸で仕事があり、それが終わったあと、せっかくなので港のほうに行ってみた。

そういえばちょうど1年くらい前、はじめて京都タワーにのぼってみたのだった。今回はポートタワー。私は京都タワーにもポートタワーにもくわしくないのだけど、Wikiによると京都タワーができたのが1964年、ポートタワーが1963年だそうだ。年子だな。

昨日はお天気が良くなくて、時々雨がぱらぱら降ったりしたが、かと思うとぱーっと青空ものぞいた。

最近、難波や梅田や京都に行くと平日でも観光客がいっぱいで覚悟してたのだが、神戸はそうではなかった。
観光船の前でおにいさんが「船の上から神戸観光、いかがですかー」と何回も何回も呼びかけていたがあたりはがらんとして、なにやらむなしい雰囲気。私はそのときすごく喉が渇いていて(風邪気味だったので出がけに薬をのんだら鼻水はとまったものの喉が)、ちょうどよかった、ポートタワーの回転喫茶とやらでお茶でも・・・と思って上がってみたら喫茶は「先月閉店した」とのこと。回転展望台そのものは健在でぐるぐるまわっていて椅子もテーブルもあったが、単なる無料休憩所と化していた。まあ人も少なくてのんびりできてよかったといえばよかったんだが、喉がかわいてたんだってば、私は。

ぐるぐるまわる景色をみながらミックスジュースでも飲みたかったなー。

このときはまた薄曇り。左手上のほうに見えるのがポートタウン。その向こうに、かすかに神戸空港が写ってるんだけど、これじゃよくわからないよね。

警備員さん(たぶん)が「潜水艦、見ましたか」と話しかけてくれたので「え、どこですか?」というと「あそこ、モザイクの観覧車のちょっと向こう」と教えてくれた。なるほど、黒っぽいナマコのようなものが2匹、じゃない2隻見えた。


「そこの川崎重工で、この間までは中で補修作業してたんです。それが終わっていまは外に出てますね」とのことだった。

夜景を撮りたかったが、日の入りまでまだだいぶあったし、改めて来ることにした。
ポートタワーよ、またな。

 

がーん

ある小説を読んで、言葉は単にストーリーを進めるための道具ではないと、いまさらながらに痛感する。
世の中にはすでに存在する言葉をたったいまつくりだされたみたいにきらきら輝かせる才能を持った人がいて、時々そういう人に出会う(リアルでも、作品を通じてでも)たびに、がーん!とやられてきた。
でも、そういうのはほんとに「天賦の才」としかいえないもので、真似しようとしてもできない。心底うらやましいと思い、そんなものを持たないまま生まれてきた自分を哀れに思い、そして仕方ないさと開き直る。これの繰り返し。

若いころに出会った、きらきらした才能を持ったひとたち(少なくとも私にはそうみえた)、今頃どうしてるだろうか。まだ書き続けているだろうか。私は、ともかくしつこく書き続けてはいる。開き直りつつ。

写真は夜になる直前の堺の街。

ン十年ぶりに

今日は高校の同窓会のイベントがあった。
私が「高校の同窓会の」というときは本部の場合と、自分の学年の、という場合があるのだけど、今日のは学年のほう。
受付でとてもおしゃれで素敵なコートを着こなしているスタイルのいい人がいて、「(イベントは)まだなんですね」「とりあえず中に入っておきましょうか」などとあたりさわりのない会話を交わし、ふと「ごめんなさい、お名前は」と聞くと「○○です」。
はっ!とした。2年生のとき同じクラスだったけど卒業以来一度も同窓会に現れたことがなく、時々「○○さん、どうしてるんだろね」と話題になったりしたこともある○○さんだったのだ!
そういわれたら確かに○○さんなのだが、かなり雰囲気変わっていて(いい意味で)、ほんとにわからなかった。
まあ、ン十年経って変わらないほうがおかしいよなーと思ったが、○○さんは私に「○○さんでしょ? すぐにわかった」と言われてしまった。
そうか。わかるんだ・・・。

写真は母校の塀沿いに生えていた草の枯れたやつ。