カテゴリー別アーカイブ: 写真(風景)

工事現場

またバタバタしていて、このブログの更新も滞っていたけど、私は元気である。
急に涼しくなったのであわてて冬用の敷きパッドを導入したり、扇風機は物置にしまって、代わりにファンヒーターを引っ張り出してきたり、半袖の服を洗ってアイロンかけて、これは押入れのケースにしまったり。そんなこんなで日が過ぎる。

今日は3か月ぶりに病院に行って検査を受けてきたが異常なし。ヒャッホー。
帰りは気分も軽く、お天気も良かったので、また高いところから工事現場の写真を撮ってきた。

あっという間に進むもんだ。本当に造るんだ・・・と改めて思ったり(疑ってたんかい!)。

初期に比べて人が増えている。あちこちで多分、いろんな担当の人がいるんだろうけど、まるでミニチュアの国みたいにちょこまか動いてて面白い。音もトン、カン、トン、カンといろんな音がまじってきた。一時期大きな盛り土ができてて思わず「♩盛り土〜 泉に〜 囲まれて〜」と歌いたくなったが、その盛り土はどんどん小さくなっている。(画面右のほう)

映画観てきた

十三の第七藝術劇場で「かば」を観てきた。
大阪市内の某中学校に実際にいた(そして亡くなった)かば先生(名字が蒲)と生徒たち、先生たち、街の人々の物語。
今日はトークショーもあって裏話とか聞けた。
クラウドファンディングで資金を募りながらもさまざまな事情で制作に7年以上かかり、その間に子役だった子は成長してしまって・・・と笑えるエピソードもたくさん。でも、中身が濃い。みんな熱演。いや、実際の先生たちも熱演、じゃない、熱いのだ。生徒たちが問題を起こせば(どころか、しょっちゅう起こす)夜でも駆けつける。「生徒が荒れるのは家が荒れてるからや」と、何度も何度も家に行き、真剣に向き合い、心を開いてもらおうとする。忙しいのに一方で識字教室の指導もしてたり。あー、ほんと、教師なんかにならなくてよかったと思う。大変すぎる。でも、いい加減にやり過ごす教師なんて最低だしね。

実は、この映画のモデルになった中学校に私は通っていた。2年生のときに転校したので、「卒業」はしてないけど。
私のいた頃にはもちろん「かば先生」はいなかった。映画で描かれているのは阪神が優勝した年、1985年だし。また、私がいた頃より後に校区も変わっている(新しく中学校ができて分離した)ので、いろいろ変化してることはあると思う。
でも、昔から「ガラの悪い」中学校として地元では超有名だった。
だけど、私にとっては、中学校に入ってから友達もできて、毎日通うのが楽しい学校だった。その前、小6の頃がやたらと暗くて学校ではあまりもの言わなかったんだけど、中学校に入って新しい環境でリセットされたという、よくあるパターン。

私は、だから、その中学校から転校するのが、いやでいやでたまらなかった。なんで引越しなんかするんだと思った。
そして、転校先ではまたもの言わない子になった。もうめんどくさいから卒業までしゃべらないでおこうと思った。一年ちょっとの辛抱や(笑)

だいぶ前に新聞で「かば」という映画の製作が進められていることを知り、それがあの中学校にいた先生の話を元にした映画と知って、絶対観に行こうと思った。
映画のことだから、実際には違う部分がいっぱいあったけど。木津川の風景は懐かしいけど、あの中学校と木津川はちょっと距離がある。映画では最寄りの駅は環状線の芦原橋のようだ。まあ別にいいけど。映画は映画だ。面白かったし。

きょうだいの中でも、あの中学校に通ったのは私と姉だけだから、今は私だけだ。
姉がいたらきっと観に行ったと思う。そして「あれ、ちょっとちゃうよなあ」とかぶつぶつ言ってたと思う(笑)

映画を観たあと、淀川まで足を伸ばした。七藝には何回も行ってるのに、淀川がすぐそばだということに今日まで気がつかなかったのだ。アホです。
河川敷ではいろんな人がのんびりしてて、いい感じだった。大和川とはだいぶ違う。何といっても大和川からはスカイビルは見えない(笑)

夏が多い

子供の頃からずっと、秋から冬になる頃が苦手だったけど、最近は夏のほうが苦手だ。暑いからではなく。いや、暑いのはもともと苦手だから、暑いのに加えて、というべきか。

私の身内はなぜか夏にいく人が多いのである。

父が5月(注:半袖で過ごす時期を夏とみなす)。母が8月。姉が7月。祖母が確か6月。
そしてまあちゃんこと夫が8月。

その頃になると、やっぱりあれこれ思い出す。もちろん普段まったく忘れてるというわけじゃないけど、まあそうじゃないですか。

あんなこと言わなきゃよかった、とか。
あんなこと言われて腹が立ったけど、よく考えたら私が悪かったとか。本当に私って性格悪いなとか。もっとましな料理を作れんかったんかい(私が、です)とか。考えても仕方ないことをうじうじといつまでも考える。きりがない。

暑い季節の間中、そんな日が続く。身内から集中攻撃か。

でも、そろそろそんな夏も終わりかな。
まだ日中は暑いけど。

みさき公園駅

前回の続き。

淡輪駅から戻ろうと思い・・・いやこの辺は海が近いはずと思い、ちょうど駅前に観光地図があったので見ると、割と近くに「深日港駅」がある。おお、良さそうだ。多分、田舎のひなびた駅であろう。決めた、そこへ行こう、と思って、下りの電車に乗る。

ところが、みさき公園駅を出ると、電車はどんどん山のほうに入って行く。え?え?と思ってるうちに電車が止まる。「孝子(きょうし)」駅。またも無人駅。あたりはひと気もなく、彼岸花がいっぱい咲いてるあぜ道があったりする。海、遠そう・・・。

なんじゃこりゃと思って調べると、「深日港」に行くには「みさき公園」で多奈川線というのに乗り換えないといけなかったのだ。地図が見にくかったんだもーん・・・まあ南海本線に乗り慣れてる人にとっては当たり前のことなんだろうけど、知らなかったわ多奈川線なんか。

仕方ないのでまた孝子から上り線に乗って戻り「みさき公園」駅へ。深日港に行くにはここから乗り換えなのだけど、どんどんその気がなくなりつつある。でも、なんか見晴らしがいい駅だ。
遠くに灯台が見える。

へー、こんなとこに灯台があるんだ。

と思って撮ったけど、これって、みさき公園内の「観光灯台」だそうだ。本当の灯台じゃなく(後で知ったこと)。
もちろん、みさき公園も閉園してしまったしな。

みさき公園には2回だけ行ったことがある。たった2回だけど、どちらも話せば長い物語、的に思い出があるのだ。
それはまた、いつか機会があれば。

で、結局深日港には行かず帰ってしまったのでした。

みさき公園駅のホームから。左手、丘の上に灯台が見えるでしょ。

ズームいっぱいにして撮ったもの。電線が邪魔かも。
なかなかちゃんとした灯台ではある。適度に朽ちていて写真に撮るのも面白いかもしれないけど、何せ閉園してるからな・・・。

淡輪駅

今日は友達の参加しているグループ展を見に行った。
会場は南海本線尾崎駅近くのサラダホール。
尾崎は初めて降りる駅。
ていうか、南海本線はあまりなじみがない。初めての駅だらけだ。
それで、展覧会を見終わってから、ちょっと先の淡輪駅に行ってみた。駅舎がちょっとレトロで面白いのは知ってたので、いつか行こうと思ってたのだ。

大正14年に建てられたものだとか。
「淡輪駅」の文字の上のところには当初は時計があったそうだ。元は屋根の色ももっと明るい色だったようで、10数年前にこんな黒いのになったらしい。「黒いほうが汚れが目立たなくてええやろ」とか思われたのかな。時計も「時間を合わせるのが手間やし、なくてもいいやろ」と思われたのかな。寂しいじゃないか。時計やったらニトリで安く売ってますよ。いや、ここにつけるにはかなり大きなやつでないとダメか。すいません。

写真、今思えば、右側から撮るべきだったような。少なくとも両方から撮っておくのが普通だと思うのだけど、なんでかな。

あ、この時、ものすごく暑くて日差しがすごく強くて、おまけにこの青い車がずーっとエンジンふかしたまま動く気配がなく(誰かを待っていたんでしょうね)、若干イラっとしてたかもしれない。
人間、心の余裕が大事ですね。右側の方に歩けば、商店などもあった様子(後から知る)。

無人駅で、ひっそり。この付近、無人駅がけっこうあるみたい。

阪堺線 その2

なんとなく大和川に行ってみたかったので、我孫子道から次の駅の「大和川」まで歩いた。

阪堺線の線路沿いに歩けばいいかなと思ってたけど、そうもいかず、道は途中から逸れて、それでも歩いてると道が上り坂になっていき(堤防は高くなってるので)、大きな橋につながる。
もう夕方。

この橋は「大和川橋」。並行して阪堺線の鉄橋(下)がある。
ちょうど電車がやってきたところ。川の浅瀬ではサギが何羽も、遊んでるんだか仕事してるんだか。

大和川はなんとなく切ない川だ。むかしむかし、小さかった頃、父親の運転する車に乗せてもらって渡ったこと。通勤、通学の電車で毎日大和川を渡ったこと。河原でスケッチしてたら変な男二人連れに声をかけられたこと。結婚して間がないころ(平野区に住んでた)、自転車の練習を兼ねて大和川沿いに走ったこととか。思い出すことがたくさんありすぎて、つらい。淀川はよその川だけど、大和川は間違いなく「うちの川」だ。

まあそんなことを漠然と思いながら渡った。これ(下)が、その渡りきった橋。

そして川の上流に向かって歩くと、ここが「大和川」駅。

ここから大小路まで乗り、大小路から堺東まで歩いて帰った。この日は1万歩以上歩いた。

阪堺線 その1

おととい、天王寺の美術館にとある公募展を観にいった。
その帰りに阪堺線に乗った。阪堺線なんてめったに乗らないし、天王寺から乗ったことない。初体験だ。ふふ。

見た目は電車なのに、降車ボタンを押すところなどはまるでバスなんだね、ちんちん電車って。
阪堺線は堺市内に入ると道幅がやたらと広くなり、停留所もりっぱになって雰囲気変わるけど、大阪市内の区間はあまり広くない道をごとごとと進み、停留所が妙にちっさくて可愛かったりする。良い良い。

我孫子道の車庫は前から撮ってみたかったところなので、ここで一旦降りる。
暑い日で、どこかでひと休みしたかったが、駅前の商店街をのぞいても緊急事態宣言のせいか、どこも閉まってる。仕方ないのでファミマで買ったカフェラテをイートインコーナーで飲む。

電車は割とどんどん来るけど、踏切に遮断機が下りたりしないみたいだった。少なくとも、私がいる間に何本も、こっちからあっちへ、あっちからこっちへ電車がやってきたが、遮断機は下りなかった。いいのか。

どんどん進む

近所の団地建替工事がどんどん進んでいるので、久しぶりに高いところから撮ってみた。

この場所には新しく4棟ができることになっているが、それが姿を現してきた。

左のほうに斜めに伸びているのは14階建のA棟、B棟の2棟。途中でつながっているのか、なんか、まあそういう形だ。
手前のほうは同じく14階建て・一部13階建てのC棟。右の奥、池の手前にあるのがD棟でこれが11階建て。そして右のほうには駐車場棟ができることになっている。

ていうか、4棟同時進行なんだね。ふーん。
いや、今のニュータウンができるときは当然、何棟もがあちこちでガンガン、ドンドンとやってただろうけどね。

映画観てきた

久しぶりに京阪に乗って、映画観てきた。おととい。基本土砂降り、時々小雨という天気だったけど、なんかもう、どっか行きたい、映画観たい!て気分でいっぱいになってしまって。

京阪で終点の出町柳で降りて、大きな橋を2つ渡ると、こんな商店街があって・・・。

そうです。出町座です!

前回行ったのは2019年11月、「ロング・ウエイ・ノース」を観たとき。あの時、既にだいぶしんどかったので余裕がなく、次はちゃんと付近の散歩とかして写真も撮って・・・と思ったけど、土砂降りでほぼ無理でした。商店街はアーケードがあるので濡れないけど。

今回観たのは「リバー・オブ・グラス」。今、ケリー・ラインカート特集をやっていて日替わりで上映してるので、本当ならもっといくつも観たらいいんですが、諸々の事情があって。でも、よかった。こういうの好きだ。
ずーっと前にテレビでやってた「シュガー・ベイビー」を思い出した。あの映画も好きだった。思い出したのはヒロインはちょっと太めだったことも関係あるかも。いや、「シュガー・ベイビー」のマリアンネ・ゼーゲブレヒトほど太ってないですけどね、コージー役の人。
で、私はこういう作品になぜひかれるのかを考え中。

暑くてボーッとするよね。
そこで涼しげな港の写真でも。先月末に神戸に行った時のものです。

ところで、「競歩って競技の意味がわからん」という人が多いみたい。そういう私も別に競歩のファンでもないし、真面目に考えたこともなかったんですが。Googleで「競歩」と入れるとたちまち「競歩 なぜ走らない」「競歩 なぜ始めた」とかが候補として出てくるという。「匍匐前進ならまだわかるけど」とか「後ろ歩きを競技にしたほうがまし」みたいな声もあって思わず笑ってしまう。確かに、見ていると、気の短い人は「う〜〜・・・走れよ!」「走るか歩くかどっちかにせえっ!」と言いたくなるのかも。

まあ不思議な競技ではある。独特のスタイルといい。「歩」という文字は入ってるが、速さでいうと私なんかが全力で走るよりずっとずっと早いようで(時速15キロ以上らしい)びっくりするが、といって何か緊急の時にいきなりあの走り方(歩き方?)をする人がいるとも思えないし。歩くか走るかどっちかですよね。

しかし、競技は競技であって、競技として成立してるなら別にいいわけです。実用性はまた別だ。
マイナーとはいっても一定の競技人口はあるわけで、やってみた人でないとわからない面白さがあるんでしょうね。って、そんなこと、いっぱいあるわ。