映画観て来た

今日はインドの映画「めぐり逢わせのお弁当」を観てきた。
あらためて眺めるとへんな日本語のタイトルだと思うが、それはさておきインドには弁当配達サービスというもの(ダッバーワーラー)があるらしい。
ヒロインは自分でつくったお弁当を夫の職場に届くよう配達サービスを利用しているが、業者と定期契約して届けてもらうケースもあるみたい。夫の職場に届けるなら早くつくって夫に自分で持っていかせたほうが安上がりだろうという気もしないでもないが、それもさておき、この弁当が夫ではない赤の他人に誤配されるところから物語が始まる。

と、これだけでも「へー」「へー」の異文化感満載なのだが、冒頭ではこの弁当が各家庭から集められ、配達人の自転車にいっぱいぶら下げられ、その自転車が往来を走り、さらにたくさん集められて鉄道に載せられ・・・というあたりの描写があり、それを見る限り弁当はあまりていねいに扱われていない。汁物など絶対こぼれそうだし、頑丈な容器でないと壊れそう。誤配もあって当然のような気がするけど、それはわれわれ日本人がそう思うだけなのか。インドではあれでうまくまわっているのだろう。

ヒロインの作るお弁当、というかお昼ご飯がまたすごく充実してそう。必ずナン(かな?)が2枚くらい。それにおかずがいくつもあって、4つか5つの容器に別々に入っている。それも全部ていねいに自分でスパイスとか加減をみながら作ったもの。決してレンジでチンではないのだから、いくら専業主婦とはいえ、すごい。
まあそういうことができるのは限られた層で、バナナ2本でお昼をすます層もあるということだが。

と、そんなお昼ご飯のことや見てるだけで暑そうな満員電車、パソコンが使われてなさそうな職場とか、タクシーだとか結婚式だとか、彼の地の特殊性にいちいち「へー」「ほー」と思ってしまってストーリーがわからなくなりそうだが、そうでもない。物語はとてもシンプルで、どこの国、いつの時代でも通じる普遍性に満ちているのだ。

「最後まで顔の見えないおばさん」とか、心憎い設定。とんでもない後輩、シャイクも、長年働いていたらこういうやつに一度は遭遇するものだよなあと思わせてリアリティがある。
インドでは英語と現地語(ヒンディー語?タミル語?よくわからない)ミックスなんだなということもよくわかった。サージャン氏はイラへの手紙は英語で書く。イラは現地語で書く。おはようやさようならの職場のあいさつも英語。シャイクにあきれてサージャンは何度も「アンビリーバブル」とつぶやくのだ。

写真はその映画を観たシネリーブルのロビーから。ガーデンシネマもシネリーブルになったんだね。

0909

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