映画観てきた

近くのシネコンで、いよいよ昨日で終わりだった「ジョーカー」の最終回をすべりこみで観てきた。映画が終わるまでバファリンの効果が持つかなと逆算しつつ。

なんだか圧倒されっぱなしの2時間と2分だった。ホアキン、さすがだ。今後は「ジョーカーのホアキン」「怪優ホアキン」と言われるようになるのだろう。

それにしてもゴッサム・シティは架空の都市とはいえ、キツイ街だ。リアルいまの世界の矛盾を凝縮して詰め込んだようで、だけど、そこは一見、私も生まれる前の古きアメリカ、セクハラ満載のジョークが幅を利かせている(ったく)。しかも福祉予算は削られ、「証券マン」がエリートとして妬みの対象になる一触即発の不穏な空気。今なのか過去なのか、未来なのか。匿名の大衆によってヒーローに祭り上げられるジョーカー(アーサー) 。成り行きだ。大衆は何も考えていない。ただ、空気がある。

当然、見るものは世界同時多発的に発生している今の格差社会、それへの不満がいつ暴発するかという状況を思わずにはいられない。

ジョーカーといえば、ティム・バートンの「バットマン」シリーズ第1作でジャック・ニコルソンが演じた役だ。あれはいつだっけと調べたら1989年公開だそうだ。30年前なんだ。当時の印象では、完璧とはいえないが愛すべき作品というところだった。ダニー・エルフマンの音楽の魅力もあって、次作も絶対観ようとは思った。実際、それからも観たし、ペンギンはよかったなあ。

今回の「ジョーカー」はかなり違う。病的にまで痩せたホアキンが、にもかかわらずびっくりするくらい軽やかに、猛スピードで走り抜ける様が、それだけでなんだかこわい。最初から破滅への予感しかない。

映画は時代を映すものだとつくづく思う。あの、ちょっとゆるいところもあったティム・バートンのバットマンシリーズの時代にはもう戻れないのかと、最近、映画や小説の世界にゆったりと浸る時間もなく、なのに政治腐敗の話題が否応なしに日々脳裏に入ってきては私の貧弱な思考回路をかき回し、絶望させるこの状況はまだまだ続くのかと思うと、涙がぼろぼろこぼれてくるのだった。

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