写真(風景)」カテゴリーアーカイブ

映画その他ここ数日

ばたばたしていてブログ書けなかったのでまとめて。

9日は統一地方選挙だった。予想された結果。暗澹たる気分。

映画を観に行ったんだった。しかし印象薄い。
何を観たかというと「生きる LIVING」。黒澤の有名な、でも私は観ていないし観る気がしない映画「生きる」のリメイク。舞台は1950年代のロンドン、脚本はカズオ・イシグロ。映像はとてもすてき。(冒頭はまるでそのころのフィルム映像でどうなるかと思ったけど本編はふつうに美しい、現代の映像)でも、印象薄い。ものたりない。話が甘すぎるんじゃないか、と甘いお話が好きなヤマシタもつい言いたくなる。ああそうか。「美しくないもの」が映像からもお話からも除外されてるわけだ。

高校の同級生たちと会っておしゃべりした。さすが年取ったものだ・・・私が。
あのころみんな、世間のこと何も知らない高校生だったのに、みんな苦労したよね、と思ってジーン・・・となる自分にがっくりくる。まるでふつうのばあさんだ、これじゃ。そして「それで何が悪い」とたちまちつっこむもうひとりのばあさん、自分がいる。

ここ数日、頭が痛い。いや、これは比喩ではなくほんとに頭が痛い。バファリンのめばすぐ治る程度だけど。
病気になったとき「なんだかこのごろしんどいな」と思い始め、それがなかなか治らず、ひどくなる一方だった記憶があるので、体調がちょっと悪いだけで心配になるのだけど、今はたぶん疲れてるんだろうと思う。病気して以来、毎日体重と体温を測るのが習慣になってるけど別に熱も出ていないし。体重は、やっとダイエットの効果が出てきたかなというところ。

そうだ。しばらくぶりに難波で下車したら駅前が工事中で信号がなくなってて、そういえばここ、歩行者天国にするというニュースをだいぶ前に読んだなと思い出した。

というわけで、写真は難波の駅から少し歩いた「でんでんタウン」のとこの交差点。

見学会に行ってきた

うちの近所で進められている団地建て替え計画。建物が完成して盛んに宣伝してるところだが、その見学会に昨日行ってきた。もっとも今回は申し込みはせず、「見るだけ」。

総戸数500戸超のうち400戸程度はすでに元の居住者や近く解体予定住居の住人の優先申込ですでに埋まっていて、残りはほとんどが1Rや1DK。狭くて家賃高い。少々高くなるのは想定内だが、どうみても学生さんか単身赴任用という感じだし、2 DK以上はほんの少しなのでたぶん抽選ではずれるだろう。次回でいいわ、ということにした。

いま住んでるところは築50年の古い団地だからそれと比べたらあたりまえだろうけど、いやあ、やっぱり設備がいいわ。ビルトインコンロ付き、エアコン1台付き、オートドアロックシステム、無線LAN機能搭載給湯リモコン、宅配ボックスあり。バリアフリー当然、浴室やトイレ、広いバルコニーはずぼらな私でも掃除がしやすそう。窓ガラスは複層ガラスとかいう、結露しにくいやつらしい。おお、冬の朝の日課となっている結露処理から逃れられたらどんだけうれしいか! だいたい今は洗濯機置き場がなくてぶつぶつ言ってるのだからもう、話にならないレベルなんである。もちろんエレベーターがあるので何階があたっても平気だし(古いエレベーターなしの団地だと4階や5階は空室だらけだったりする。私もいまさらそれはごめんこうむりたい)。

途中、ご高齢のカップルと一緒になったが、奥さん(たぶん)のほうが「畳の部屋がないのよね・・・」とつぶやいていた。

そうだ。そういえば、畳だけじゃなく・・・襖も障子も全然なかった! てことは、ぼろぼろになった襖を見ながら「張り替えなくちゃ」「まだいいか」と毎日煩悶することもなくなるわけだ! 業者さんに張り替えをしてもらうとなると枚数が多いからけっこうな出費だし、自分でやると腰が痛いし、そういう悩みから解放される。これは大きい。でも、そうか・・・畳屋さんも襖屋さんも失業じゃないですか、これは。いや、そんなことないよね、襖屋さんはきっと、建具全般やってるだろうからだいじょうぶだよね(何を心配してるんだ)。

10階から。池に面した部屋はいいけど、部屋によるよね、眺望は。


通路に面したドアの前が若干広くなってるのもいいなと思った。ついでにもうちょっと広くて門扉がついてグリーンでも置けたらたら高級マンションぽいけどそこまで望むまいて。

というわけで見学会はけっこうおもしろかったわけだが、後になってふと思い出したのは、以前、ここの団地が春になると満開の桜に囲まれていたことだ。11階建の棟の足元にふわりふわりと霞がたなびくように、淡いピンクの花が満開だった様子をいまでも覚えている。写真にも何回も撮った。

新しい建物のまわりにはほんのちょっとだけ細い若木が植えられていたが、あれだけかな。やっぱり木があるとなんとなくいい感じなんだけど・・・今住んでるところは春はスミレ、夏はへんてこなキノコがにょきにょき、秋になるとどんぐりもごろごろ転がっててこけそうになるのも一興なわけだが、これ、よく見たらほとんど「土」が見えない。うーん、ちょっと、あれかも。

雪でいろいろ思い出す

何かを読んだり聞いたりしているうちああ、そうだ、あれはどうしたとか、これはどういう意味だったろうとか、あの人はこんなこと言ってたなと思ったり、次から次へと思い出し、そして気がつけば亡くなったひとのことをぼんやり思っていたりする。

雪の写真や映像を見ているうちに高村三郎さんのことを思い出した。若い頃お世話になった人たちのうちのひとり。五十代で亡くなられたけど、いまでもあの笑顔、口調は覚えている。岩手県雫石の出身で、小説も書くが俳句も若いうちからつくっていた。

雪しまき顔ふせ歩く子が来たり

雪の面をひくく這いゆく吹雪かな

雪降るや野に何もなし音もなし

(いずれも「春の泥」所収)

写真は岩手県じゃなく新潟で撮ったものだけど。

傘をさす人

水曜日。午前中はこんなふうにいい天気だった。これは鉄道沿いにカイヅカイブキの街路樹(防音林だと聞いたことがある)が延々と続く道。途中、桜やトウカエデも交じって、季節によってはそちらのほうが目立つけど、カイヅカイブキの独特な姿は好きである。

傘をさした人でも通ったら絵になるけど夏じゃないし、もちろん雨も降ってないので無理だな。
と思ってたらやってきたのでびっくりした。願えばかなうって本当だったのか。

ダウン着て日傘さしてる人ってあまりいないと思う。私のために無理してさしてくれたのか。それはないか。

住吉大社

久しぶりに住吉大社に初詣に行ってきました。最近ずっと初詣は地元の神社に行ってたんですが、行きすぎてもう飽きて。

子供の頃は初詣といえば住吉さんでした。そして太鼓橋を渡るのがこわくてこわくて。

もう大人だからこわくないはずだ! と思って行ったらやっぱりこわかった。大人になりすぎて年取ってて(笑) まあ私以外の人もみんな、めっちゃ慎重に下を見ながら渡ってますけど。

もう三が日も過ぎたのですいてるだろうと思って行ったわけですが甘かった。境内はどこも人だらけで、せめておみくじでもと思ったのに行列すごい。行列も何列もあって、それらがかたまりになっている。こらあかんわとあきらめました。

一応お賽銭あげて思い切りいろんなことお願いしました。時々神社の人がお賽銭の整理を堂々とみんなのまえでやるのがちょっと興ざめでした。ざっ、ざっと道具を使ってかき集めて袋に入れていくんですけどね。

よくわからないままうろうろしてるだけで疲れます。
すごく大きな木があって、それがえらいことになってました。いろんな植物でおおわれて、本人の木肌がまったく見えません。気色悪くないのかな。それとも、冬場はあたたかくていい気持ちなのかな。
そのそばでみなさん記念写真を撮ってますが、右手のほうに太鼓橋があってかっこよく見えるからなんですね。

ほら。

あけましておめでとうございます

すっかりひとりの気ままな生活に慣れたお正月。幸いなんだかんだいっても今のところ元気です(先のことは考えないようにしています)。

昨日は紅白を「ながら見」してたんですが、藤井風という人、初めて見た。ほーーーーー。

岡山出身ということだけど、「死ぬのがいいわ」でも方言をうまく使ってる。「あなたがええ」とか「あんたがええのよ」とか。ネットで歌詞を調べると「いい」となってたりするけど、「ええ」と聞こえる。「何なん」という曲も聴いてみたがこれはさらに「はさがってる」とか「わしは言うたが」とかいっぱい使われている。私は広島弁はよく聞いたけど(なんでかは省略します)岡山弁って広島弁によく似てるよね。まあお隣だからあたりまえか。
いいなあ岡山弁。大阪弁はすでにメジャーになりすぎていまさらどうってことないけど、これから岡山弁あたりがくるのかもね。

初日の出には間に合わなかったので初月の出を先ほど拝んできました。いやー、初月の出っていいもんですね。なにやら敬虔な、身の引き締まる気持ちが全然しません。

その後、ねんがらじょう(語調を整えるために「ら」を入れてます)を投函、近くの100円ローソンに寄ったらまだ100円おせちを売ってたのでちょっと買いました。これ、お酒のむためのものかな。のんでみようか。チョーヤの梅酒(ちいさい瓶の)ならある。

コンサートに行ってきた

昨日の夜はフェニックスホールでのコンサートに行ってきた。韓国出身でいまはパリ在住、世界的なピアニストの白建宇(クンウー・パイク)がグラナドスの「ゴイェカス」を演奏。といってもまったく素人の私なので全然わからずに聴きに行ったんですが(チケットをいただいたので)。

グラナドスはスペインの作曲家(1867〜1916)で、中でも有名な作品がピアノ組曲「ゴイェカス」。ゴヤの絵画にインスピレーションを受けてつくったもので、「ゴイェカス」は「ゴヤ風の音楽」という意味、だそうだ。全6曲と(補遺となっている)「わら人形」。昨日はこれを全曲通して途中休憩なしで65分ぶっとばしの演奏なのでした。

「ゴイェカス」というタイトルを見るだけで素人としては「なんか大変そう」な感じがしますよね。で、実際、なんかすごかったです。どの曲もすごく濃い。密度がもう、バリバリで、曲自体がそうなんですが、パイクの演奏がまたすごいのです。力強いというか、息も継がせぬ迫力。こっちも体ごとぐいぐい引き寄せられる感じで、思わず身を硬くしました。体じゅうがちがちになっての65分。圧倒されました。よくまあこんな演奏できるもんだ、すごいなと思い切り素人の感想で申し訳ないですが、正直ピアノのコンサートであんなに集中したのははじめてだと思う。

ホールの音響もすばらしかったと思う。いろんなホールを知ってるわけじゃないですけど。だいたい行っても地元のなんとか会館とかいうようなところばかりですけど。すいません。
フェニックスホールは面積でいうと小さなホールで、1、2階合わせて300席ほど。私の席は2階の中央付近で、いい位置だったみたい。パイクの手元もよく見えるし、細かな音も響きも手に取るように、すごくよく聞こえた。

ネットでいろいろ調べると、ゴイェカスはピアノを嗜む人達の間でも難易度が高い曲とみなされているようですが、あー、そうだろうなと納得。体力も必要だと思う。拍手がいつまでも鳴り止まず、パイクさんは何度も舞台に戻ってきたけど、アンコールはなしでした。だろうと思います。演奏で力を出し尽くしたと思うし、こちらも、ゴイェカスの記憶だけを持って帰ったほうがいいにちがいありません。

ホールの正面はこんなふうに大きなガラス窓で外の風景がよく見える。演奏が始まる前にスクリーンが降りてきて外は見えなくなったけど。このままの状態で行う演奏会もあるようです。

ほぼ完成

近くの団地建替工事。4棟(うち2棟はつながっている)ともほぼ外観は完成したようだ。この写真ではわかりにくいけど、側面にちょっとしたデザイン(ブルーや白、グレーの組み合わせ)がある。
これが立ちあがる前は池のそばのメタセコイアの木がよく見え、夕方はオレンジの夕焼けをバックに黒いシルエットが浮かび上がったりしていい感じだったけど、すっかり隠されてしまったなあ。

今日はのんびりする

関わっていた仕事が少し前に一段落して、次の仕事・・・を急がねばならない時期・・・までまだ少し間があるので今日はのんびりするのだ。

一段落した仕事のうちのひとつはあるコンサートの関係で、私はチラシやチケット、プログラムのデザインを担当したのだが、無事に終わり、先週の土曜日にそのコンサートがあった。コンサートは大成功といってよいかたちで終わり、私も気分良かった。指揮者がなかなか巧みで、ああコンサートの指揮者って演奏家をまとめるだけでなく会場全体の空気をつくり、まとめあげていく人なんだなーと納得できた。
コロナのせいで本当なら一昨年に行われるはずだった演奏会。2年に1回のペースだったのが、まる4年おいての演奏会となった。補助席まで出る盛況ぶりだったのは演奏する側だけでなくお客さんのほうも待ちこがれていたということになるのかも。ほんとにコロナの影響は大きいよね。まちの文化をどう思ってるんだ。しまいに怒るぞ。

もうひとつはある本の制作に関わらせてもらったこと。慣れないアプリを使ってのことで、ひやひやものだったけど、ちょっといけそうな感触がつかめた。その道のプロにとってはどうってことないだろうけど、人類にとって、じゃない私にとっては大きな一歩なのだ。ふふ。

今日は雨も降ってるし、寒いというほどでもないけど、急に気温が下がったもので外に出るにもなにを着ていけばいいんだと悩むし、買い物もいかなかった。
いつもこういうとき、「去年のいまごろ何着てたっけ?」と思う。そして引き出しの奥を探って「あ、そうか」と思う。来シーズンは絶対こんなもの着ないぞ、今シーズン限りだぞ、と思ってたやつ。
とりあえずそれを着るとまた今シーズンもそれで間に合わせてしまう予感・・・。

写真は仕事の関係で使った阪急春日野道駅で。ホームの狭さで中津駅と並んで有名な駅。ホームからそのままの幅で続く階段(確かに狭い)と、改札。にぎやかな街中の駅なのにえらくかわいらしい、小さな改札だ。
バリアフリー工事が始まっていて、工事が終わったあかつきにはホームドアも設置されるらしいので、そうなったら安心だね、狭くても(狭い狭いいうな!)。

ほぼできてるじゃないか

駅の南側で商業施設の建て替えに伴う解体工事がどんどん進んでいるわけだが、一方で反対側(うちの近く)の団地の建て替え工事については、なんと、一部の棟でついに覆いがとれて、外観はほぼ完成したその姿があらわになったのであった。

サッシが取り付けられてたり取り付けられてなかったり、という段階? ここからがけっこう長いんだよね。外から見えない部分の作業が続くから。

入居は来年だと思う。この場所にあった住宅に住んでいた人、そして駅前の高層住宅がいずれ解体されるから、そこの住民が入居するはず。

とにかく、うちの街ではいまあちこちで工事が進んでるわけです。この動きは隣の駅、その隣の駅の地区へと順次波及していく見込み。