まんが・雑絵」カテゴリーアーカイブ

メガネを洗う?

昨日、近所のメガネ屋さんに行ってきた。手元にあるメガネがボロボロで、ノーズパッドなんかほじくったら崩れそう。レンズも傷だらけだし、いや、それよりローガンが進んで、全然目に合ってない。だましだまし使ってたけど、だんだんちょっとやそっとではだまされてくれなくなってきたんだよね。

いろいろ迷った末にフレームを決めて注文。そのあと、メガネ以外にレンズクリーナーもすすめられた。「時々こうやって、洗ってくださいね」と、実際に自分のメガネをそのクリーナーを使って洗ってみせる店員さん。私は感心しつつ「メガネって洗うもんなんですか?」と聞いたらびっくりしたように「洗いますよ!」とマジ顔で言われた。

すいません。私、20年間1度も洗ってませんでした……。

レンズクリーナーも買わせていただきました。申し訳ありませんでした。とんでもねえメガネユーザーじゃねえか。そりゃあぼろぼろになるってもんさ。べらぼうめ。

メガネは来週できあがる予定だ。

歯医者に行った

駅前の歯医者に定期的に通って歯石とってもらったり、歯周ポケットのチェックをしてもらっててそれはよかったんだけど、しつこくホワイトニングを勧められたり、痛くも痒くもない親知らずを「抜きましょうよ」「これなら簡単に抜けますよ、今すぐでも」としつこく勧められたりするのにはちょっとうんざりしていた。それで、去年入院したのを機に行くのをやめることにした。

その親知らずって確かに虫歯になってて、そんなことくらい私でもわかってるのだ。左の下なので(上の奥歯は見過ごしやすいよね)。でも、虫歯になってからかれこれ20年くらい(もっとかも)経つ。痛くなってからでいいだろうと放置してたらいつまでも痛くならないのだ。気がつけば20年(もっとかも)。なんとなくだけど歯の気持ちを推しはかるに「もっと若いころならいざしらず、今さらねえ。もうずっとここにいとくわ」というところなんだと思う。私にはわかるんだよ。それをさあ。

で、今度の歯医者さんは駅と反対方向に徒歩15分くらい。完全予約制で、行ったらほかの客の気配もしない、ひっそりした医院だった。
最初に受付にいた女性がやってきて丁寧に長いこと説明してくれるので、受付のふりして実はこの人が歯科医でもあったのかと思ったら、すっかり説明が終わって治療本番になると男性の歯医者さんが登場した。女性は助手ってこと、なのかな。よくわからん。

私が行ったのは左下の歯が最近、水を飲むとしみるからだったが、結局それは虫歯でなく知覚過敏によるものということ。それで「しみ止め」を塗ってもらい、たまたまその付近に根元が茶色くなってる歯が1本あって、それもだいぶ前からそうなっていて痛みもないのだが、この際だから言うと、表面をちょっと削って、そのあとを詰めておいてくれた。なので、長らく根元が茶色いままだった歯も白くなりました。

説明はていねいでわかりやすいし、適度にぶっきらぼうでいい感じである。歯石がたまってないか時々みたほうがいいので次は半年後くらいに来てください、とのことだ。了解だ。

ところで、その助手らしき女性も医者も、こっちが大きく口を開けさせられてるのにかまわず話しかけるというか質問してくるのだ。こっちは口を動かせないのでどうしたものかと思うけど、ここはやはり答えないといけないだろうと思って答えた。

女性「よくみがけてますけど、力入れすぎですね」
私「んああ・・・」
女性「歯間ブラシとかフロスとか使ってます?」
私「いあんうわい・・・」
女性「歯間ブラシ。ちゃんとできてますか」
私「えいおう・・・」
女性「適当。外側からと内側からと、両方通すようにしてくださいね」
私「わい・・・」

意外と会話できるのでびっくりした。
ちなみに、親知らずのことは何も言われなかった。

映画観てきた

風邪をひいて、それがだらだらと1週間以上続いた。
やっとまあまあふつうになって、おととい(月曜)、映画に行ってきた。アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞したとかいう「Flow」。セリフがまったくない、動物たちが主人公の映画。
舞台は人間が滅びてしまった未来と思われる。
美しい草たちに覆われた光あふれる土地。
突然、洪水が襲い、水位がどんどん上がっていく。人間が残したらしい動物の像。巨大な猫の像も水に沈む。奇妙なかたちの高い建造物が林立するふもとを満たす水の量感、厚みがなんだかおそろしい。
そう、なかなかにこわい映画だった。私には。
目の位置は水面ぎりぎりだったり、水の底だったり。
どこまでも水が続いていることほどぞっとするものはないよね…。そして嵐は来るわ地は崩れるわで、もうどうなるの!と思ってたら不意に光あふれる風景がひろがったりするんだけど…。

寡黙だけどたよりになりそうで「だれかを思い出すな…あ、⚪︎⚪︎さんや!」とつい昔の職場の仲間とかコンビニの店長さんとかを思い出したりするカピバラ。いるでしょ、カピバラっぽい人。だいたいいい人で。
主人公の黒猫と再会できたとき、ぐるぐるまわって喜びを表すゴールデンレトリーバ(犬種が出るわけじゃないので、たぶん。大きくて悠然としてる、毛色が明るい犬)。
そしてワオキツネザルがめちゃおもしろい。未来は人間が滅びてもワオキツネザルはそこそこ繁栄してるらしい。ワオキツネザルの中にも複数の種族があってな。いや、いいか。
真っ白の、脚の長い鳥(ヘビクイワシと書いてるサイトもあったが?)も妙に存在感あって、片足で船の舵を取る姿などすごい貫禄。
そして、鯨。

最後は、え?ん? あ、そうか…そうか。という感じだが、そんなこんなであっという間の85分。

動物たちの体の描写はやや粗いと思うけど、見ているうちにそんなに気にならなくなった。猫の泳力が気になったが、猫も泳げないわけではないらしい。

ワオキツネザルを描こうとしてややこしそうなのでとりあえず簡単そうというだけで黒猫。ネットの画像見ながらイラレで描いた。

シーシー

前から新聞(紙の)をだらだらと長時間かけて読むのが大好きなんですが、最近はわからない言葉があるとスマホで調べたり、知ってそうな人にスマホで聞いたりしながら読むのでさらに時間がかかります。朝刊と夕刊読むだけで人生が終わりそう。休刊だとほっとしたり。

昨日は、食べたあとに「シーシー(シーハーのほうが一般的?)する」というのを読んで「ちょっと待て。今までなんとなく読み過ごしてきたけど、シーシーするってどういうことなんだろ?」と思い、「知ってそうな人」に聞いて、だいたいわかりました。

この間は「痰を吐くってどうするんだろう?」と思って検索して説明読んでもあまりよくわかりませんでした(とてもできそうに思えない)。

そのうち「知ってそうな人」に聞こうと思います。

食欲はどこへいく

11月ごろはまだあまり食欲がなかった。ないこともないのだけど、何を食べたらいいのかよくわからないというか。なんせ病院食を連日食べている(実際は半分も食べられない)うち、もうどうでもよくなって感覚がおかしくなっていたのじゃないかと思う。病院食には栄養はあっても夢も希望も明日もないのだから。

それで、入院と入院の間の短い時期も、急に自由に食べて良いといわれても途方に暮れてしまうわけだ。通常ならコーヒーとパンなのだけど、それを頭の中に思い描いてもぴんとこない。なんか違う。いろいろイメージしてみて、これならいけるかと思ったのが「卵かけごはん」。やってみたらなかなかよい。以来、毎朝しばらく考えては結局卵かけごはんを食べていた。この時期を「レベル1」とする。

その後、一応、予定された治療をすべて終え(一部の治療についてはできなかったのだけど、まあよしとする)めでたくほんとの退院。それでも相変わらず卵かけごはんにしていたが、ある日ふとパンを食べたくなり、フランスパンを買って来て翌朝の朝食に。おいしい! パンが食べられるようになった! 
しばらくするとコーヒーも飲めるようになった。
だいたい、コーヒーが飲めるかどうかが私の場合食欲のバロメーターになってたりするわけで、感無量。ここにきて「レベル2」に達した感。いや、元に戻ったのだ。
元に戻ったらそれでいいので、こういうことはそれより先に「進む」必要は全然ないと思うんだけど、その後もレベルアップがとまらない。
なぜかカップ麺が食べたくて仕方ない。やばい。
カップ麺なんかずいぶん長い間食べていない。きらいじゃないけど、私にとってはけっこう食べるのにパワーを必要とするものなのだ。カップ麺の持つパワーに立ち向かうにはにゅうめんからきつねうどん、ざるそば等を食べる時のパワーではだめなのだ。一回食べると半年くらいは充電期間をおかないと食べられないような気が。なのになぜか、今はいけそうな気がする。軽々とカップ麺に立ち向かえそうな気がしている。どん兵衛や赤いきつねどころか、ペヤングでもラ王でもどんと来い!な気分。これはひょっとして、私の食欲は「レベル3」に達したか。自分では認識していなかっただけで実はうちに秘めたる食欲は、私ってけっこうすごいんです、だったりするのか。いや、でも、食欲に直結する「体重」という問題があるので、ここは慎重にせねばっ。

さらに。
去年の大晦日。突然「あんこが食べたい!」という思いがむらむらとわいてきて、駅構内の御座候の店で初めて購入した。徒歩圏内の店だが今まで一度も買ったことなかったのに。4個。いや、いっぺんに食べませんけど。しかし、「これはひょっとしてレベル4か?」と、買って帰った御座候の包みをしみじみと眺める私がいた。

というわけであけましておめでとうございます。

大晦日の御座候の店はちょうどよいくらいの行列ができていて、順番が回ってくるまでにおにいさんが焼いている様子をゆっくり見ることができた。あんがのっかったほうの皮をさかさまにしてあんがのってないほうにぽん、と乗せる。そして、左手でちょい、ちょいと軽くたたくように整えるおにいさんの白くて細くて長くて骨ばった指先がきれいだなと思ったのであった。

<追記>
イラスト差し替えました。あとから気づいたのですが、このお兄さんは腰をかなり曲げて作業するのです。背が高すぎるのでしょうか。近眼で、顔を近づけないとあんこが見えにくいのでしょうか。よくわかりませんが、それで「ちょい、ちょい」とする動きがよけい独特にみえるのかもしれません。

同窓会だった

11月12日は2年に1回の高校の学年同窓会だった。
たぶん行けないと、あらかじめみんなに言ってたのだけど、たまたま退院期間に該当。それで、若干不安だったけど、行ってみた。場所は大阪駅直結のホテル。梅田なんかもうしばらく行ってない。それどころか、電車にほとんど乗ってない。どうやって乗るんだっけ。まずドアが開いたら靴を脱ぐんだっけ(しょーむない冗談)。入院のときはバスに乗るけど、バスと電車は違うし。不安しかない。でも、まあなんとかなるだろう。近所のスーパーにはちょくちょく行ってるし、近所も梅田もおんなじようなもんちゃうか?!

と思ったら全然違った。ホテルの会場に着いたときはすでに胸がちょっとばくばくしてて、疲れた…と思った。着いたばかりなのに。

でも、みんなの顔を見てたらなんか落ち着く。ほっとする。同級生ってそんなもんなんだよね。そして、話をしてみると、私よりずっと深刻な病気をしてたりするのにそんな気配を感じさせない。えらいなあ。私なんかほんまに甘ちゃんや。みんなにやっと追いついたぜと思ったらやっぱり追いついてない。

その日は二次会にも出ず、さっさと帰ったけど、梅田は「近所のスーパーに行って帰る」の10倍、いやもっと疲れるのだとわかった。人が多いからか。日本、もっと人口減ってもええんちゃうか。でも、都会って好きなんだけどな。好きだけど、いまはしんどい。
翌日は帯状疱疹の痛みもあって、寝たり起きたりしてた。一回梅田に行くと翌日は使い物にならないとは。だめだこりゃ。

思わぬコロナで

出たり入ったりで今また入院中なんだけど、なんとコロナ陽性になってしまった。これは想定外。

コロナというと5類になったし、世間では「もうそんなに気にしなくていい病気」な感じだけど、病院では違う。家族でも面会禁止だし、マスクは食事の時やシャワーの時以外24時間着用してる。医療施設と一般では運用ルールが全然違うのだ。

で、そんな中で同室のNさんがコロナ感染と判明。すぐに別室に移動となった。その時点で6人部屋にいたのは3人。
さらにUさんも陽性と判明、別室へ。残ったのは私とKさんのふたり。私も咳が出たりして、やばいなと思ってたらPCR検査の結果、陽性。私ではなくKさんが別室へ移動。つまり、この時点で、うちの部屋がコロナ患者専用部屋になったのであった。
その後、Uさん、Nさんが戻ってきて、さらにあらたにひとり、ふたりと別室からやってきて、現在は6人部屋がコロナ感染者で満床という状況だ。入り口のドアは閉ざされ(それまで開けっぱなしで、「ドア、あったんだ」と思ったくらい)看護師は入室の際は入り口の前で防護服を着用、トイレは1箇所が「感染者専用トイレ」としてあてがわれることになった。使用後は必ず消毒。食器は使い捨てできるものになった。

私は幸い咳程度で発熱もなく、コロナの薬の点滴も効いたようで、この分だと軽くで済みそう。でも、同室の人たちの中には排泄介助が必要な人も何人か。防護服(ナイロンガウンに手袋は二重、ガウンとの境目は養生テープで隙間をなくす、目元にはゴーグル、ほとんどだれだかわからない)で汗まみれになりながら大声で「お薬のみました?!」「はい、おむつ替えますよ!」「ごはん食べれました?」「お熱と血圧測りますよ!」と動き回る看護師さんたち、めっちゃ忙しそう。ああ、介護や看護の分野で働くひとたちのお給料、もっと上げてください、まじ。

しかし、こういう話をすると一般のひとは驚く。コロナで、いまでもそんなにしないといけないの?と。患者たちは病気で免疫力が低下している人たちが多いから・・・と思うけど、正直、私にくわしいことがわかるわけない。とりあえずたいへんだと思う。そして、みんな若い。若くなくちゃできないよなーとしみじみ。思えば私も昔はお米10キロを持ち上げることができたが、今はそんなこと信じられない。あの日の私は別人だ。おい、おまえの話はどうでもいいってか。すいません。

まあそんなことで、今回の落書きは橋本環奈。いつものアイビスペイント。
すでに朝ドラ「おむすび」はディスられまくってるようだが、半年続くドラマをそんなに簡単に判断していいのかな。新しく総理になった人もけちょんけちょんな目にあってるが、どうなのかな。年相応にまるくなった(つもりの)私は思うのであった。

ホットサンダルはじめました

おとといの朝の話なんですが。

洗濯物を干すために東側のベランダに出ようと、置きっぱなしのおやじサンダルに足を入れようとして「あつっ!」。
それは朝といえどすでにおそろしくギラギラの太陽光をまともに受けてアッツアツになってて、ふつうの人間にはとうていはけないものとなっていたのです。まじ、火傷するかと思いました。

それで一瞬悩んだ後、私はぽんと手を打ち、玄関に置いてるおやじサンダルを持ってきました。それをはいて、ベランダに出て、雑巾で物干し竿とか拭いて、「あ、そうだ。あれ持ってこなくちゃ」とか気づいて一旦部屋の中に戻り、すぐにベランダに戻ったんですが、そのときにはもう、玄関から持ってきた「おやじサンダル2」が焼きたてのアツアツ状態に! えーっ! 繁盛しているたこ焼き屋か御座候なみ。客が行列してても、いつでもすぐにアツアツを提供できるという。いや、提供してほしくないよ、焼きたてアツアツのおやじサンダルなんか!

それで、また一瞬悩んで、反対側のベランダに置きっぱなしのおやじサンダルがあることを思い出して、それを・・・っておやじサンダル三足もあるんかい!(あるんです)(結局それは取りにいかず、しばらく日陰でサンダルをさますことにしたんですけどね)

地球温暖化は深刻なのです。びっくりしましたわ。

(おやじサンダルってあまりデザインにバリエーションないようですね)

イケメン?

アラン・ドロンが亡くなった。ヤフコメなど見てると「イケメンの代表みたいな人だった」といったコメントがたくさんあって、「はあ?」と思った。アラン・ドロンが「イケメン」? やめてくれ。それもいうなら「ハンサム」または「二枚目」だろう。「男前」でもいいけど、豆腐を連想してしまうので、これも避けたいところだ。
以前から「イケメン」ってかなりテキトーな言葉だなと思っていたが、まあ別にいいです。ただし、アラン・ドロンには似合わないのでやめてほしい。

といっても、私が熱烈なドロンのファンだったわけでもないけど。そんなに映画たくさん見てないし。とにかく、ひとつの典型だったなと思うだけだ。

顔の話でいえば、二、三日前、やっと新しい一万円札を手に入れて、しみじみと顔を見た。渋沢栄一の。ふーん。どこかで会ったような気がする。会ってないと思うけど、そんな気にさせる、どこにでもありそうな顔というか。ふつうの人だ・・・。

それで、つい絵を描いてしまった。
渋沢栄一、何でも似合うやん。汎用性高いな。
お札にはあまり似合うと思わないけど。

※描き手が昭和のひとなので昭和の絵しか描けませんでした。