写真(植物)」カテゴリーアーカイブ

ひさしぶりに苔

昨日はよく晴れて昼間はあたたかくなったので、買い物に出る時についカメラをバッグに。レンズはマクロ。

近所を歩き出したものの結局たいした収穫なし。ただひとつ撮ったのがこの苔。
他の苔のなかに違う色の小さな塊があって、なんだろうと思って撮ったもの。こういうのはマクロで撮って、撮ったのを見てやっと詳細がわかる。

種類がわからなかったのでGoogleの画像検索にかけたら「ヒメジョウゴゴケ」だそうだ。
花(?)のかたちが「じょうご」みたいな苔、そしてその手の苔の中では「じょうご」が小さい種類ということかなと思う。なんでも小さいのには「ヒメ」、でっかいのは「オニ」とついてたりするよね、植物の名前。「ヒメ」はいいけど「オニ」とつけられたくないな、私なら。

この色は日本画の顔料でいう「白緑(びゃくろく)」だなと思う。黄色味が強い緑より白っぽい緑が割と好きで、特に葉の裏側を描くときによく使った。日本画なんて、もうすっかり昔のことだ。絵の具、まだどっかにあるかな。

母の足

この間から数日間、ひさしぶりに湯たんぽを出して使ってみた。
ある日、「待てよ。去年もその前もその前も、湯たんぽなんて使ってなかったのに、今年はよっぽど寒いのか? そうでもないと思うけど・・・??」と急にあやしむヤマシタ。
そして、はっと気づいた。毎年冬になると使ってたニトリの敷きパッド。今年は出すのを忘れていたのだった。そうだ! あれだ! 押入れから引っ張り出して使ってみたらあったかい。湯たんぽいらんやん! しかし、なんでそんなこと忘れるのかなあ。われながら。
それに、なんだこれ、ニトリの広告かい。

で、思い出したのが、こどもの頃のこと。
うちの母はいつも足があたたかだった。
冬の夜、私や妹たちが布団に入っていると、母が布団の中に入ってきて・・・えーっと、どういうシチュエーションだったかなあ。まあいいや。
細かなことは忘れたけど、とにかく、母の足が私たちの足よりずっとあたたかいのだ。それで、私たち子供の間に寝て、さわらせてくれるのだ。ほんとに、びっくりするくらい、ほこほこにあたたかいのだ。
「おかあちゃんの足、ぬくい!」
「そやろ。おこた(こたつのこと)みたいやろ」
「ほんまや!」
「足おこたや!」
私や妹たちはけらけら笑いながらみんなで母の足に自分の足をくっつけた。
あれは幸せな時間だった。

大人になると自分の足もあたたかくなるのかなと思ったが、そうはならず、私は足も手も冷たい。病院にいるときは看護師さんたちに「手、冷たいですね!」とよくびっくりされた(看護師さんたちはなぜかみんな手があたたかかった)。冬になると足にしもやけができるのはしょっちゅう。4年前からは手にしもやけができるようになった。血行が悪いのかな。

なので、いまは「おかあちゃんの足おこた」もないのでニトリの敷きパッドがたよりなんです。また宣伝してしまったよ。

まあうちの近所のサザンカでも見てください。

苔ちゃん

この間、高校の学年同窓会のイベントがあった。2年に1回、ホテルとかの会場で同窓会はしてるんだけど、それとは別に毎年1月にちょっとしたイベントがある。そのときに一昨年からは作品展もやるようになった。私は毎回出している(相変わらずのおっちょこちょいで)。

だれでも出したい人は出せる、でも1日限りの作品展。絵や写真が趣味の人はけっこういるので、毎年にぎやかな展示となる。作者が自分の作品について語るコーナーもあって、恥ずかしがりの私もちょこっとしゃべったり。まあそんなに緊張する場じゃないけどね。

今年は苔の写真を3点出した。一つはたぶん、このブログで出したことあるような。もうひとつもSNSで出したような。残るひとつは初お披露目。じゃじゃーん。

撮ってからすっかり忘れていた写真。なんかこの苔、ひとりだけにゅっと出てて、「ん? どうしたん、苔ちゃん?!」と言いたくなりませんか。ならなかったらすいません。

おばちゃんたちが好きなもの

いや、私もおばちゃんなんですが、私より少し上のおばちゃんたちです。

入院のたびに当然部屋が変わるし、同室のメンバーも変わるし、なんなら入院中も退院する人がいれば入院してくる人、別の部屋から移動してくる人、と入れ替わりがけっこう激しいわけだが、あるとき、同室のおばちゃんAが電話でご家族と話していた。Aさんは声が大きいし、それでなくても仕切りはカーテンだけなので電話はまる聞こえ。部屋の外に出てかければいいのだが、Aさんは寝たきりに近い状態。ときどきリハビリを受けている。
「お寿司が食べたい…今度くる時、助六みたいなん買うてきてほしい」
ほー、あんなのが好きなんだ。
助六と言えば、巻き寿司といなり寿司がセットになったやつ。あれがねえ…。

その翌々日(たぶん)、またAさんが電話。
「昨日な、うまき(うなぎを中に入れて巻いたお寿司?)買うてきてくれたやろ。あれはようないわ。助六がよかってん」
そうなんだ。「うまき」のほうがよさそうだけどな。

その後、Aさんは別の部屋に移動、別の人、おばちゃんBが入ってきた。このときはコロナのせいで、部屋の外に自由に出られないときだったと思う。
あるとき、看護師さんが部屋に入ってきて
「Bさん、家族さんから届きましたよ。巻き寿司」
え、この人(いつもカーテン閉め切ってるので顔をみたことないが)も巻き寿司ファン? 助六じゃないけど、助六の半分は巻き寿司だもんな。ほー!

その後、私は一旦退院。次に入院したときだと思う。お隣のベッドのおばちゃんCがおうちに電話してる。
「ここの食事が…今日も鶏肉をなにしてな、ご飯の上にのせたあったんやけど、あんなん食べられへん…うん…巻き寿司買うてきて」
また巻き寿司! なんで?! なんでみんなそんなに巻き寿司、好きなん?!

まあ確かに、病院食ってごはんもおかずも冷めきってしまってるところが問題で、これがあったかかったらまだ食べられただろうになと思うことが多い。その点、巻き寿司はもともとさめてるのでそんなこと関係ないし、全体に味がついてて食べやすいといえば食べやすいか。うーん。でも、助六といえば私のイメージは「むかし、お通夜の席で配られたやつ」だ。積極的に食べたいとは思わないし買ってきてほしいとも思わない…。

でも、それならおまえはそういうとき、お腹はすいてるけど病院の食事はちょっと、というとき、何を買ってきてほしいかといわれたら、どうしよう。
おいしいケーキか、おいしいパン、かな…いや、どうだろ…?? コロッケとかどうです? いや、ひとに聞くんじゃないってば。

写真は近所のメタセコイア。下から見上げて。

バラ園

この間、やっといろいろ一段落した、と書いたけど、書いたことを後悔している。一段落はしたけど、その一段落がほんとに、もう、チョー短期間だったからだ。

いろいろ一段落したので、この間、浜寺公園に行ってきた。浜寺公園ってむか〜〜〜〜〜しに1回行っただけでほぼ未体験ゾーンに近い。
なんでもバラ園があって、今が見頃らしい。それで、「いろいろ一段落したから」程度の理由でふらりと行くにはほどほどの遠さだし(あくまでも「一段落」なので、大阪府内、それも大阪府南部地域、できたら南海沿線地域にしたい)、うまくいけばこれで私も浜寺公園を征服できるかもしれないと思って。

それでさっそく行って、浜寺公園に「ヤマシタここに到達す 2024.5.20」と書いた旗を立ててきました。うそだと思うなら見にいってください。たぶん、見つからないと思うけど、それはまめに花殻を回収してた職員がバラの花殻とともに撤去したからです。きっと。

バラにはそれほど興味がないんだけど、そういいながら去年は福山のバラ祭りに行ったし(これは特別)、伊丹の荒牧バラ公園にも行ったことがある。だんだんバラ通になったらどうしよう。

いやー、とにかくバラがいっぱいでした。
あたりまえだけど。

で、このときはまだよかったのですが、浮かれすぎたのか帰宅後、なんだかしんどくなって、頭は痛い(熱はほぼ平熱)し、やたら眠いという状態がしばらく続きました。もう、何にもしたくない・・・という感じ。

今日はかなりましになったので、このブログを更新したりしてますけど、そういうわけであっというまに「一段落」はすぎて、また次のフェーズに入っております。
とにかく眠い。だるい。することいっぱいなのに。
あ、食欲はあるし、相変わらず減らない体重にためいきついてますのでご心配なく笑。

クスノキの咲くころ

母の日だなとぼんやり思ってたら、ひとなみにいろんなことを思い出した。

いや、違う。最近、しょっちゅう母のことを思い出してる。
主なことは、ああ、ほんとに悪かったなと今でも悔やまれるできごとだ。くわしくは書かないけど、どう考えても自分が悪いし、その後あやまりもしなかったので、さらに悪い。後悔するしかない。とっくに母は死んじゃったし。

一方で、私がぐだぐだ思うことくらい親はすっかりわかっていたはずだから、何を今さら。別にわざわざ謝る必要もないような気もする。と思うとすぐに、そういうところがだめなんだという気もしてくるが、するとまた、謝ればいいってもんじゃない、謝りたいのはつまるところ自分がそうしたいだけ。自己満足だという声も何やら起こってきて、さてこれは多数決をとればいいのかどうなのか、自分でわからなくなる。

たぶん、もっと年を取って、認知症だかまあそんな感じになったとき、私はきっと「おかあちゃん! ごめん、あの**のとき、ほんとは・・・ごめん〜〜〜!」とかなんとか夜中にわめいたりすると思う。で、まわりのひとが「また始まった」とか言う。やあねえとか、眉をひそめられる。「はいはい、わかりましたよ、ヤマシタさん」となだめられる。なんか自信ある。

みなさんも、なんかそういうことあるんじゃないですか。年取ってやばくなったとき、抑えがきかなくなったときにひょっとしたら、それがぶわーっと出て、わめくんじゃないか、わめくに違いない、とひそかにおびえてること。ないか。

今日は歩いてたらふいに頭のうえに花が見えてびっくしりた。クスノキだった。
葉っぱが白い縁取りをしたみたいにみえる・・・。

目が回る

3月から4月にかけてなんだかいろいろ出かける機会があり、楽しいのだけど、なにがなんだか自分のうちで消化しきれてない感じ。はっと気がつけば4月が終わりかけてるではないか。それであわててこれを書いてる。4月よ、終わるな。ちょっと待て。

えーと。前回までのあらすじはどうだっけ。あ、オッペンハイマーだ。

そのあと、ミニクラス会というものがあり、なんばの中華のお店で食事して、それからクラスメイトのIくんのマンション(いわゆるタワマン!)にみんなで行った。ワインとチーズとおしゃべりと。少人数ならではの楽しさもあるよね。知ってるようで知らない話が出てくる。え、この人、こういう一面あるんだ。とかなんとか。そしてベランダから夜景を撮る。34階。夜の都会はなんとゴージャスなんだ。

高所恐怖症のくせになぜか高いところからの写真をわりと撮ってるんですよ、私。
ハルカスはもちろん、WTCビル、京都タワーに神戸ポートタワー、東京の、いまはもうないけど世界貿易センタービル、文京シビックセンターの展望ホール(25階)に堺市庁舎、東大阪市庁舎(ジャンクションを見下ろせる)、阪急の展望ロビー(15階だけど)とか、あちこちカメラを持って行ったもんさ。なんとかと煙は高いところにのぼる? かもね。

写真右の特徴ある建物が「なんばハッチ」ですね。中央やや左寄りのビルのてっぺんにバットマンが物憂げな表情で佇んでいるのが見えるでしょうか。いないけど。

それから、これも一種のミニクラス会だけど、同級生のOさんのこども園に女子ばかり数人で行ったんです。
Oさんは最初、保育の仕事についていたが、その後自分で保育園を始めたという人。園長さんから理事長さん、今は顧問になったけど、環境教育に力を入れていて、今年のビオトープのコンクールで見事、環境大臣賞を受賞した。それで一度見せてもらおうということになったのだ。

ビオトープだから、もちろん、カラフルな園芸植物が咲き乱れているわけではない。もっと地味な、われわれが子供の頃、道端に咲いてたような植物が、ふつうに生えている。園庭に小川がある。池にはメダカが泳ぐ。「これは実生なのよ」というりっぱな木も。
うちの団地付近では春になるとヘラオオバコがたくさんみられるけど、こどものころよく見たオオバコはめったに見られない。でも、Oさんのこども園ではいっぱいあった。
ちょっとした田んぼ(まだ水が入ってないけど)もあるし、畑もあるが、そこでも肥料をたくさんあげて大きな実がなる・・・ようにはしていないらしい。そんなことをにこにこしながら(高校生のころからいつもにこにこしてる人だった)説明してくれるOさんははつらつとして、とてもすてきだった。

あ、このミニクラス会の少し前にはやはりクラスメイトのYさんが出演するコンサートに行ったのだった。Yさんは女性3人のアンサンブル(無伴奏)で出演、アベマリアなどを披露したのだが、とてもよかった。コーラスもいいけど、少人数のアンサンブルっておもしろいものだなと思った。たった3人で歌ってるような気がしないんですよ、知ってました? 奥さん。

みんなそれぞれの世界を持っていて、それを垣間見せてもらえたひととき。最近のはやりの言い方だと「尊い」って感じでしょうか。

そうそう、タワマンのIくんはひたすら絵を描くひとなのでした。

アベリア

アベリアという花があまり好きではなかった。

名前を聞いてもぴんとこない人もいるかもしれないけど、街路樹の足元とか、中央分離帯などによく植えられていて、白い小さい花が咲く(花期が長いのでいつも咲いているような気がする)低木、というとああ、あれかと思うかな。

なんで好きじゃなかったかというと、白い花が咲いて、それが落ちたあと、赤っぽい色の萼が残って、それが割と、なんというかわずらわしい感じがしてしまうのです、ごめん、アベリアさん。って、いちいち気を遣わなくていいですか、聞こえてないよね本人に。

でも、間近で見るとその花の後に残った萼が悪くないのです。

こんな感じ。これはだいぶ枯れてきたところ。こういうのを見て、はて、これはなんだろう?と思ったのだけど。

はじめはこういうきれいな色。あ、そうかと思う。

悪くないよね。かわいいじゃないですか。

また撮ってみよう。

紅葉いろいろ

↑島倉千代子かい、と突っ込みたくなるタイトル(笑)。

おととい、ひさしぶりに近くの公園に行った。朝は割としっかり雨が降ってたらしく(私は寝てた)、そのせいもあってか落ち葉がいっぱいだ。

で、こんな風景を見ると思い出す。

これとそっくりな帯を母がしていた。もちろん、外来種のアメリカフウではなく、ふつうの楓をデザインしたものだったろうと思うけど、もみじのバックの色といい、そっくりなのだ。きょうだいにメールすると妹たちも覚えていたようだ。
母は、ふだんに着物を着るのは冬だけで、そのうち冬でも着なくなったけど、あまりたくさん着物や帯を持っていなかったと思う。母の帯といえばこの柄。そして着物といえば紺地にあっさりと白(たぶん)で竹の模様が配された着物。あと、だれかに譲ってもらったと聞いたピンク系の地に模様の入った着物。それくらいしか覚えていない。
冬に着物を着て割烹着を着た母は私の目から見てもなかなかのものだった。いつも着物着ていてほしかったな。

この写真を撮ったあと、歩いていると何やら赤い草が見えた。

近づくと

あー、これ、前にも見たことあったっけ。でも、こんなにびっしりと、ひとかたまりに・・・すごいな。何なんだろう、この、赤い草・・・。

と思ってSNSに書いたら、あっさり「チガヤ」だと教えてもらった。

え、チガヤ?!
あの、ふさふさの銀色の穂が風に揺れるチガヤ? ええっ?

調べたらそうだった。チガヤの写真は何度か撮ったことがあるが、そうか、チガヤはこんなにみごとに紅葉するんだ! 知らなかった。ていうか、あのふさふさとこの紅葉が結びついてなかった。

いや、それにしても穂もきれいだし、紅葉もこんなに鮮やかで、チガヤって一粒で二度美味しいアーモンドグリコみたなやつだな!