写真(風景)」カテゴリーアーカイブ

記録的な大雪とか米原〜関ヶ原あたりで立ち往生とかのニュースをネットやテレビで見ていて、おお、そうだ!と思って行ってきた。雪を見に。要するに米原までいけばいいわけじゃないか。

それで大阪駅から新快速に乗ってみたが、京都、山科・・・と進んでも雪の気配がない。大津でちょっとだけ雪が見えた。でも、こんな調子でだいじょうぶかな、雪、ちゃんとあるかなと心配になるレベル。
しかし、近江八幡のあたりからがぜん雪だらけになって、彦根は真っ白、米原も余裕で雪の中だった。やった。

着いたときはお昼過ぎ。
ネットで調べたところでは、駅のすぐそばに駅弁の井筒屋のビルがあって、イートインもありとのこと。駅にも大きな広告があって「西口すぐ」となってる。よっしゃ。
でも全然「すぐ」じゃなかった。

雪がところどころぐちゃぐちゃになってるロータリーをよいしょ、よいしょと歩き、途中真正面からものすごい勢いで雪が降ってきたりして、(すぐ止んだけど)、やっと到着したら閉まってた。私のほかにも何人か、途方に暮れて立ってる人がいた。
見渡すかぎりほかに何もなかったので結局、駅のコンビニで買ったサンドイッチを待合室で食べた。いいんだ。雪、見られたし。

帰りも近江八幡を過ぎたあたりから急速に雪が少なくなってどんどんふつうの景色になっていく。
山科に着いた頃は、あの雪は現実だったのだろうか、夢でもみていたのではないだろうかという気になった。

米原駅前ロータリー(ガラス越しなので映り込みありますが)

向こうに見えるは井筒屋だ。

大みそかだ

大みそかだ。今年は後半、ばたばたしてしまって(「ばたばた」と言う言葉を使いすぎだ、私。要するに言い訳が多い)、何もできなかった。

何より、今年はろくに本を読まなかった。「文字」はたくさん読んだが、本をろくに読んでいない。もともと読書家というわけではないけど、それでも以前はもっと読んでた。いかん。
二、三日前からそれを取り戻すかのように小説を読んでいるが手遅れ感。いや、読まないよりましだろう。

でも、小説はいいな・・・と、読んでいてしみじみ思う。

ネットで日々、生まれては消える新語の波に体をゆだねるのもおもしろい。なるほど! こんな言葉よく考えたな!と拍手したくなったり、吹き出したり。
でも、”上質な文学”(←いや、わかってるんかい!とつっこまれそうだ)にふれると、思わず背筋が伸びる思いがする。言葉の力ってなんてすばらしいんだ。奥行きの深さ。へらへら言ってる場合じゃない、私も勉強しなくちゃ、と殊勝な気持ちになる。
で、気分転換にとまたネットを見ると変なことが書いてあって「がはは」と笑ったり「なんでやねん!」とつっこんでみたり「よくそんなこと考えたな!」と感心したり・・・あかんやん。またそっちいってるやん。

まあそんなこんなで、大変な時代だなと思うわけです。大みそかです。

うちの近所の団地の建替工事は新たなフェーズに入っております。写真には写ってないかけど、右手にはすでに新しくできた高層住宅(先行工区のうちの半分)があるんだけど、いよいよ隣接区域(先行工区のうちの残り半分)も既存の建物の解体工事が始まっている。そして新しい高層住宅の建設が始まるわけです。

駅前の商業施設の建替は前に書いたように計画が「凍結」されてるんですが、最近、一部通行できるようになったり、さらにちょっと整備してるみたい。「凍結」が長引きそうだから、そのままにしておくわけにはいかない、当座の処置ということでしょうか・・・。

あひるちゃん

相変わらずばたばたしていて、何から伝えればいいのか〜♩、と、つい歌いたくなるくらい更新が間遠になっております。別にだれも気にしてないと思いますが。

日曜日(17日)、中之島に行ってきました。「大阪市中央公会堂クリスマス展」というイラスト展があったので。誘ってくれたKaさんと一緒に。あたりまえですが、やはりプロのイラストレーターは違うなあ、うまいもんだなと私なんかは感心するばかりでした。

公会堂のまわりはキッチンカーやテントが並び、おいしい食べ物や飲み物のにおいが漂ってました。風がビュービュー吹く寒い日で、私たちもホットワインを買って飲むと、ほんの少し寒さがやわらいだような。


ちょうど「ほたるまち」にあひるちゃん(ラバーダック)がいるとのことなので、京阪で移動。中之島駅を出たら、橋の向こうにあひるちゃんの頭がぽっこり見えていました。いつ見てもかわいいな。

カラフルな放水も15分おきに行われていましたが、あひるちゃんは特に関心がないようで、表情を変えません(変えたらこわいわ)。
それより、寒かったので、あひるちゃんも寒そう。ダウンコートを着せてあげたいくらいでしたが、あひるにダウンコートは共食い、いえ、共・・・何でしょう。だれか知りませんか。

写真を撮ったあと、また公会堂のところに戻ると、いい塩梅に暗くなって、プロジェクションマッピングが映えておりました。

しかし、なんですね。
プロジェクションマッピングなんかなくても中央公会堂はもともとキュートで愛らしい建物なんですがね。それを飾り立てるのはあひるにダウンコートを着せるようなものではないでしょうか。やたら派手派手しいデザインですが、それを着せられる公会堂本人の意見は聞いた上でのことでしょうか。たいへん気になりました。

韓国(2)

今回、事情により私はほかのメンバーとちょっと違う行動をとらねばならず、朝食もひとりでとった。よくわからないのでとりあえずホテル内のレストランへ。

ソウルのホテルのレストランはビュッフェ形式で、日本のホテルとほぼ同じ。ちがうなと思ったのはサラダ。キャベツの千切りとかレタスがない。白菜とかもやし、あと、チンゲンサイに似たような幅の広い野菜があった。へ〜〜〜である。クロワッサンはおいしかった。

朝食込みではないので現場で支払わないといけないのだが、カードで払った。「現金かカードか」という意味のことをレジの人とお互い片言でわけわからないままなんとか伝えると「カドゥ」と言う。韓国では「カード」は「カドゥ」、「コンサート」は「コンソトゥ」だ。悠長に伸ばしたりしない。韓国の人は忙しいのかもしれない。それはそうと、韓国ではどこでもカードだ。せっかく前日に銀行でウォンに両替したのに、あまり使う機会がない。両替しなくてもよかったようだ。

その日は木浦泊。翌朝、また一人でホテルのレストランへ。ここではセットメニューが3種類あって、ひとつはアメリカンブレックファスト、もうひとつは韓国風の朝食、あとひとつは・・・忘れた。
無難だろうと思ってその中から「アメリカンブレックファスト」を頼んだらものすごいのが運ばれてきた。大きなプレートにハンバーグ、ベーコンエッグ(目玉焼き二つ!)、ソーセージに野菜、果物、そしてパンは食パンを2枚分。コーヒーも大きなカップに並々と。朝からこれ食べる人いるんだ。わたしゃ見ただけでお腹いっぱいだよ。

で、ここでも「カドゥ」で支払った。現金使いたい・・・。

朝の木浦をしばし散策。おいしそうなパン屋さんがあったので塩パンみたいなのとクロワッサンと、菓子パンと、あわせて三つ買った。店員さんは日本語ができる人だった。ちょっとだけ現金使えた。

韓国(1)

韓国に行ってきた。詳細は省略するけど仕事の関係です。
そんなにびっくりしないでください。私だって、人生でそういうこともありますってば。しかも2回目なんですよ。前回行ったのは2019年の秋で、たまたまその直後あたりから体調崩したのでブログもあまり書けなかったけど(と書いて、思い出したけどちょっとは書いた。夜、カラフルな噴水見たこととか)。


前回も今回も、予定がぎちぎちだったので観光らしきことって全然していません。
行ったのはソウルと木浦。
というと、韓国に詳しい人は「韓国縦断ですね!」とか「ハードスケジュールですね!」とかいう。そうらしい。ひとりで行ったのでは(もちろん)なく、ただついていっただけでよくわかってなかったけど、確かにソウルー木浦は地図で見ると「韓国縦断」だ。直線距離300キロあまり。
といっても、東京ー大阪間は400キロくらいらしい。
つまり、韓国って意外と小さい? なんとなく、日本と同じくらいと思ってしまうけど、面積は4分の1くらいだし、人口は半分以下なのだ。
思うに、日本って地図で見ても細かな島がぱらぱらっと並んでてとてもはかなく頼りなく見える。子供の頃からさんざん、日本は狭い島国で・・・とか言われて育ってきたし。一方、韓国は・・・地図で見ると割とごつい半島だし、ひょっとしたらあの半島全部が韓国だと錯覚してる?かもしれなくて、それで、もっと広いというイメージがあったのかもしれない。

まあそういうわけで、最初の日は仁川(インチョン)空港からソウルへ。
仁川空港はすごく広くてモダン(写真撮りたかったけど撮れなかった)。日本でいうと関空みたいな雰囲気。帰りは金浦空港(写真撮りたかったけど撮れなかった)からだったけど、金浦空港はもっと小さく、古い。

ソウルはさすがの大都会。上の写真はイベント会場の建物の中から撮ったもので、窓への映り込みもひどいけど大目に見てください(写真ちゃんと撮りたかったけど撮れなかった)。プライベートな写真を撮る機会があまりなく、iPhoneでちょっと撮っただけ。

ソウルの朝。曇ってるなと思ったけど、ソウルは大気汚染がひどいのだそうだ。北京に次ぐレベルと書いてるサイトもあった。ふーん。

ソウルからKTXに乗る。新幹線みたいな感じ。2列と2列だけど。

続く。たぶん。

土塔

土塔(どとう)といっても知らない人は知らないと思うし、私もよく知らないのだけど、堺市内では有名な史跡のひとつ。
奈良時代の高僧、行基が築いた「十三重の塔」。発掘調査から「一辺53.1m、高さ8.6m以上ある四角錐の頂部をカットしたような形であった」ことがわかっているそうだ。土で固めて、瓦が葺かれている。てっぺんには木造の建物があったらしい。
その土塔を2008年に復元したものがあって、昨日は一般公開が行われると市の広報に出ていたので行ってきた。なんせ隣の駅から歩いてでも10数分?くらいのものなので。近いので。

一般公開といっても、その土塔は別に普段何かで隠されているわけでもない。公園の中にあっていつでも見られるんだけど、要するに「てっぺんに登れる」日だったのだ。てっぺんの一般公開。

近くまで行ったらてっぺんに人がいっぱいいるのが見えて、なんだかおかしい。上にいる人たちは「ほー・・・」とあたりを見渡しているんだけど、下から見ると、何をえらそうに立ってるんだと思う。もちろん、私も登ってえらそうに下を見下ろしてみた。絶景じゃ。

あ、登るのはこの段々の壁をよじ登るんじゃなくて、ちゃんと登り口があります。階段になってて。

しかし、奇妙な建築物である。

まっしかく。ピラミッドみたいに。段々になっていて、そこに瓦がぎちぎちに組まれてる。復元したものだから瓦はまだ新しい。
ふーん・・・・・・としか言いようがない。行基さんは何を考えてたんだろう。
下に降りて、離れたところから見ると、大きさに驚く。インパクトあるなあ。

てっぺんから見下ろしたところ↓

昔はこんなだったと考えられている、とのこと(模型があった)。↓

府営住宅など

たびたび腰の具合が悪くなるヤマシタ。もうその話題は飽きたといわれそうですが、またちょっと痛くなって、現在整骨院に行ったりしています。

去年の今頃かなり痛くて困った時は神経がどうにかなったような感じでジンジンと痛んだ。それで整形外科に行ったのだけど、幸いまだ本格的な治療を要するほどではなかったみたい。痛み止めを飲んだりしてるうちに治った。

で、今回はそういう痛みではなく、筋肉が硬くなって起こる普通の痛みだと自分でわかってたので整骨院に行った。さすがベテラン腰痛持ちである。

しかしまあなんですね。世の中、やっぱり同じような人が多いとみえ、痛みをこらえて行った某整骨院は「今日は8時まで予約うまってるんですよ〜。8時までですけど、その頃・・・7時59分にでも(出直して)来てもらったら・・・」と言われる。そのとき6時ごろ。痛い痛いといいながら2時間もそこらで時間潰しできるわけないし、一旦帰ってまた出直すのも想像しただけでしんどい。それでもう一件、駅前の治療院に行ってみたら扉に何か書いた紙が。見たら、その日はもちろん、1週間くらい先まで予約いっぱいのようだ。えーっ。

ヤマシタ、ここで力つきる。
世間はそんなことになっていたのか。
わしゃ甘かったようじゃ。

仕方ないので、翌日、ネットで探した整骨院へ。整骨院は山ほどあってどこがいいのかわからんけど一応通うのに便利そうで、ホームページの感じがなんとなくよさそうなところ。それくらいしかわからないし。

行ってみたら親切な感じで、説明もていねいだし。予約しなくても、いつでもオッケーだし。保険がきくので安いし。バスでもいいけど歩いていけない距離でもないので、まあ通ってみるか、と。

3回通って、すでに痛みのピークは過ぎた。いまは元の、いつものレベルに戻ってるけど、それって、前屈すると「イタタタ」となる状態なんで、もうちょっとましになったらいいかな。

行き帰りに通る府営住宅の写真を撮ってみました。築50年超えの古い住宅だったけど、こんなふうにぴっかぴかの高層住宅に生まれ変わっておりました。

※パノラマモードで撮ったので、前を通った女性が変形してしまいましたけど。

あ、もうひとつ。

駅前の商業施設の工事は一旦凍結状態と聞いていたけど、なんだか少し進んでるんですが、これはなんだろう? 凍結のための工事だろうか? そんなのあるの?

淀屋橋

おととい、肥後橋付近に用があり、用が済んだあと、帰りは淀屋橋までブラヤマシタした。というほどの距離でもないか。
淀屋橋についてみると、交差点の両側で大規模な工事が進行中だった。これだから困るよね。ちょっと目を離すとあっというまにそこにあったものは解体されて、すぐに新しく何かが建てられて。そして「えっと・・・ここ、何があったっけ」となる。

思い出した。写真の右側の工事現場、かつてあったビルの一階に喫茶店があった。「M」がつく・・・なんだっけ・・・。

結局ネットで調べてそれが「MJB」だったと知る。中に入ったことはない。1階にあった、のではなく地下にあったようだ。地上には看板とかメニューとかの案内だけあったのかな。そんな気がしてくる。だからちょっととっつきにくかったのかもしれない。今と違ってシャイなお年頃だ(ほんまにもう・・・)。入ってみたという友達の話を聞いて、いつか私も入ってみようと思ってた。うーん。もう少し早く気づいてたらなあ。

こうして機会は永遠に失われたのであった。

ここにはやがて高さ150メートルのツインタワーが、道路をはさんでできるのだそうだ。地下鉄淀屋橋駅もリニューアル工事真っ最中だ。

また映画観てきた

昨日、「福田村事件」を観てきた。関東大震災直後、朝鮮人が襲ってくるとか井戸に毒を入れたとかのデマがひろがり、多くの朝鮮人が、また共産主義者が虐殺されるという事態となった。そのことは震災から100年の今年、改めてあちこちで語られている。福田村事件はそんな中で朝鮮人だと間違われた薬の行商人たち一行が村人たちに襲われ、妊婦を含め9人が殺害されたという実際にあった事件。それが映画になった。日本映画が苦手な私だが、やっぱり観ておかないといけないのではと思い、行った。

行ってみてどうだったかというと・・・正直、かなりものたりなかった。

震災時の朝鮮人虐殺という事実について「政府内に資料がない」と官房長官が言う現状についてはまったく酷い話だと思う。こういう現状であるから、この映画が作られた意義は大きいと思う。だから私も行ったわけだけど。
恥ずかしながら私もこの事件について最近まで知らなかった、と思う。聞いたことあったかも・・・なので、たぶん、今年になってから知ったのじゃないかと思う(そんなことも覚えていないのかといわれそうです。すいません)。ネットなどでおおざっぱな知識は得たが、まだまだわかっていないという自覚はある。それだけに映画には期待するところもあったけど、いまいちぴんと来なかった。

知識を得るならネットを入り口として文献でしらべることができるだろう。監督の森達也は公開前にテレビに出演して説明もしていた。でも、そういう単なる「説明」じゃなく、自分ごととして感じたかったのかな私は、と思う。

映画にはさまざまな人たちが登場して、狭い村の中の複雑な人間関係が描かれる。夫が戦死した妻、その恋人、村長、朝鮮から帰ってきた元教師夫妻。そして自由に記事が書けないストレスを抱える新聞記者など。それらを俯瞰するように、群像劇として映画は進む。事件の背景、時代状況、朝鮮人と自分達はどっちが下かと行商人の子供が問う差別の問題。それらをていねいに、まじめに描いていることになるかと思うけど、困ったのはその中のだれにも、私は感情移入できなかったことだ。年とともに涙もろくなっている私なのに、まったく涙もわいてこなかった。なんですか・・・うーん、拡散してるような、感じかな。切実さが、足りない、ような。
もっと、だれかひとりにぐっと近づいて、その葛藤にとことん焦点を置くという方法もあったと思うのだが。
それまで人を殺したことのない一般人がよってたかって何人もの人を殺す異常な状況である。それは集団だからできたのか(たぶん)。日常から異常へはほんの一足なのか(たぶん)。なんでそんなことになってしまったのか。全員何も思わなかったはずはないけど、どうなんだ。100年前に済んだことなのに、もやもやする。

「いや、だからああやって説明してるでしょ、そういう時代だったんですよ。あなた映画見てなかったんですか」といわれるだろうか。
私は「説明」を超えたものが見たい。人間というものの愚かさ、恐ろしさをもっと感じたい。そして記憶したい。映画なんだもの。

大阪では現在、6館で上映中。どこで観ようかと思ったが、ひさしぶりにシネ・ヌーヴォに行ってきた。映画が終わった時には小雨が降っていた。