写真(風景)」カテゴリーアーカイブ

傘をさす人

水曜日。午前中はこんなふうにいい天気だった。これは鉄道沿いにカイヅカイブキの街路樹(防音林だと聞いたことがある)が延々と続く道。途中、桜やトウカエデも交じって、季節によってはそちらのほうが目立つけど、カイヅカイブキの独特な姿は好きである。

傘をさした人でも通ったら絵になるけど夏じゃないし、もちろん雨も降ってないので無理だな。
と思ってたらやってきたのでびっくりした。願えばかなうって本当だったのか。

ダウン着て日傘さしてる人ってあまりいないと思う。私のために無理してさしてくれたのか。それはないか。

住吉大社

久しぶりに住吉大社に初詣に行ってきました。最近ずっと初詣は地元の神社に行ってたんですが、行きすぎてもう飽きて。

子供の頃は初詣といえば住吉さんでした。そして太鼓橋を渡るのがこわくてこわくて。

もう大人だからこわくないはずだ! と思って行ったらやっぱりこわかった。大人になりすぎて年取ってて(笑) まあ私以外の人もみんな、めっちゃ慎重に下を見ながら渡ってますけど。

もう三が日も過ぎたのですいてるだろうと思って行ったわけですが甘かった。境内はどこも人だらけで、せめておみくじでもと思ったのに行列すごい。行列も何列もあって、それらがかたまりになっている。こらあかんわとあきらめました。

一応お賽銭あげて思い切りいろんなことお願いしました。時々神社の人がお賽銭の整理を堂々とみんなのまえでやるのがちょっと興ざめでした。ざっ、ざっと道具を使ってかき集めて袋に入れていくんですけどね。

よくわからないままうろうろしてるだけで疲れます。
すごく大きな木があって、それがえらいことになってました。いろんな植物でおおわれて、本人の木肌がまったく見えません。気色悪くないのかな。それとも、冬場はあたたかくていい気持ちなのかな。
そのそばでみなさん記念写真を撮ってますが、右手のほうに太鼓橋があってかっこよく見えるからなんですね。

ほら。

あけましておめでとうございます

すっかりひとりの気ままな生活に慣れたお正月。幸いなんだかんだいっても今のところ元気です(先のことは考えないようにしています)。

昨日は紅白を「ながら見」してたんですが、藤井風という人、初めて見た。ほーーーーー。

岡山出身ということだけど、「死ぬのがいいわ」でも方言をうまく使ってる。「あなたがええ」とか「あんたがええのよ」とか。ネットで歌詞を調べると「いい」となってたりするけど、「ええ」と聞こえる。「何なん」という曲も聴いてみたがこれはさらに「はさがってる」とか「わしは言うたが」とかいっぱい使われている。私は広島弁はよく聞いたけど(なんでかは省略します)岡山弁って広島弁によく似てるよね。まあお隣だからあたりまえか。
いいなあ岡山弁。大阪弁はすでにメジャーになりすぎていまさらどうってことないけど、これから岡山弁あたりがくるのかもね。

初日の出には間に合わなかったので初月の出を先ほど拝んできました。いやー、初月の出っていいもんですね。なにやら敬虔な、身の引き締まる気持ちが全然しません。

その後、ねんがらじょう(語調を整えるために「ら」を入れてます)を投函、近くの100円ローソンに寄ったらまだ100円おせちを売ってたのでちょっと買いました。これ、お酒のむためのものかな。のんでみようか。チョーヤの梅酒(ちいさい瓶の)ならある。

コンサートに行ってきた

昨日の夜はフェニックスホールでのコンサートに行ってきた。韓国出身でいまはパリ在住、世界的なピアニストの白建宇(クンウー・パイク)がグラナドスの「ゴイェカス」を演奏。といってもまったく素人の私なので全然わからずに聴きに行ったんですが(チケットをいただいたので)。

グラナドスはスペインの作曲家(1867〜1916)で、中でも有名な作品がピアノ組曲「ゴイェカス」。ゴヤの絵画にインスピレーションを受けてつくったもので、「ゴイェカス」は「ゴヤ風の音楽」という意味、だそうだ。全6曲と(補遺となっている)「わら人形」。昨日はこれを全曲通して途中休憩なしで65分ぶっとばしの演奏なのでした。

「ゴイェカス」というタイトルを見るだけで素人としては「なんか大変そう」な感じがしますよね。で、実際、なんかすごかったです。どの曲もすごく濃い。密度がもう、バリバリで、曲自体がそうなんですが、パイクの演奏がまたすごいのです。力強いというか、息も継がせぬ迫力。こっちも体ごとぐいぐい引き寄せられる感じで、思わず身を硬くしました。体じゅうがちがちになっての65分。圧倒されました。よくまあこんな演奏できるもんだ、すごいなと思い切り素人の感想で申し訳ないですが、正直ピアノのコンサートであんなに集中したのははじめてだと思う。

ホールの音響もすばらしかったと思う。いろんなホールを知ってるわけじゃないですけど。だいたい行っても地元のなんとか会館とかいうようなところばかりですけど。すいません。
フェニックスホールは面積でいうと小さなホールで、1、2階合わせて300席ほど。私の席は2階の中央付近で、いい位置だったみたい。パイクの手元もよく見えるし、細かな音も響きも手に取るように、すごくよく聞こえた。

ネットでいろいろ調べると、ゴイェカスはピアノを嗜む人達の間でも難易度が高い曲とみなされているようですが、あー、そうだろうなと納得。体力も必要だと思う。拍手がいつまでも鳴り止まず、パイクさんは何度も舞台に戻ってきたけど、アンコールはなしでした。だろうと思います。演奏で力を出し尽くしたと思うし、こちらも、ゴイェカスの記憶だけを持って帰ったほうがいいにちがいありません。

ホールの正面はこんなふうに大きなガラス窓で外の風景がよく見える。演奏が始まる前にスクリーンが降りてきて外は見えなくなったけど。このままの状態で行う演奏会もあるようです。

ほぼ完成

近くの団地建替工事。4棟(うち2棟はつながっている)ともほぼ外観は完成したようだ。この写真ではわかりにくいけど、側面にちょっとしたデザイン(ブルーや白、グレーの組み合わせ)がある。
これが立ちあがる前は池のそばのメタセコイアの木がよく見え、夕方はオレンジの夕焼けをバックに黒いシルエットが浮かび上がったりしていい感じだったけど、すっかり隠されてしまったなあ。

今日はのんびりする

関わっていた仕事が少し前に一段落して、次の仕事・・・を急がねばならない時期・・・までまだ少し間があるので今日はのんびりするのだ。

一段落した仕事のうちのひとつはあるコンサートの関係で、私はチラシやチケット、プログラムのデザインを担当したのだが、無事に終わり、先週の土曜日にそのコンサートがあった。コンサートは大成功といってよいかたちで終わり、私も気分良かった。指揮者がなかなか巧みで、ああコンサートの指揮者って演奏家をまとめるだけでなく会場全体の空気をつくり、まとめあげていく人なんだなーと納得できた。
コロナのせいで本当なら一昨年に行われるはずだった演奏会。2年に1回のペースだったのが、まる4年おいての演奏会となった。補助席まで出る盛況ぶりだったのは演奏する側だけでなくお客さんのほうも待ちこがれていたということになるのかも。ほんとにコロナの影響は大きいよね。まちの文化をどう思ってるんだ。しまいに怒るぞ。

もうひとつはある本の制作に関わらせてもらったこと。慣れないアプリを使ってのことで、ひやひやものだったけど、ちょっといけそうな感触がつかめた。その道のプロにとってはどうってことないだろうけど、人類にとって、じゃない私にとっては大きな一歩なのだ。ふふ。

今日は雨も降ってるし、寒いというほどでもないけど、急に気温が下がったもので外に出るにもなにを着ていけばいいんだと悩むし、買い物もいかなかった。
いつもこういうとき、「去年のいまごろ何着てたっけ?」と思う。そして引き出しの奥を探って「あ、そうか」と思う。来シーズンは絶対こんなもの着ないぞ、今シーズン限りだぞ、と思ってたやつ。
とりあえずそれを着るとまた今シーズンもそれで間に合わせてしまう予感・・・。

写真は仕事の関係で使った阪急春日野道駅で。ホームの狭さで中津駅と並んで有名な駅。ホームからそのままの幅で続く階段(確かに狭い)と、改札。にぎやかな街中の駅なのにえらくかわいらしい、小さな改札だ。
バリアフリー工事が始まっていて、工事が終わったあかつきにはホームドアも設置されるらしいので、そうなったら安心だね、狭くても(狭い狭いいうな!)。

ほぼできてるじゃないか

駅の南側で商業施設の建て替えに伴う解体工事がどんどん進んでいるわけだが、一方で反対側(うちの近く)の団地の建て替え工事については、なんと、一部の棟でついに覆いがとれて、外観はほぼ完成したその姿があらわになったのであった。

サッシが取り付けられてたり取り付けられてなかったり、という段階? ここからがけっこう長いんだよね。外から見えない部分の作業が続くから。

入居は来年だと思う。この場所にあった住宅に住んでいた人、そして駅前の高層住宅がいずれ解体されるから、そこの住民が入居するはず。

とにかく、うちの街ではいまあちこちで工事が進んでるわけです。この動きは隣の駅、その隣の駅の地区へと順次波及していく見込み。

滋賀県立美術館

昨日(8月30日)はちょっと早起きして、「塔本シスコ展」をみてきた。会場は滋賀県立美術館。なんでも去年リニューアルしたばかりだとか。最寄りの駅はJRの瀬田。そこからバスに乗る。「文化ゾーン」とかで図書館もある、美しい緑に囲まれた一帯。昨日は雨の後で、ひときわきれいだった。下の写真に見えているのは図書館らしい。左のほうへぐるっとまわって・・・

これが美術館。天気悪い。空が暗い。まあそれもよし。

エントランス付近。

天井、高ーい。まあ最近のはやりだけど(と突き放す)。

館内の窓から見えた景色。まわりはだいたいこんな感じ。茶室も近くにあった。さすが「文化ゾーン」。でも、駅からだいぶ離れたところで、周りはなにもなく、トラックとかがびゅんびゅん走る割と殺風景なところでした。そういうところに忽然と文化ゾーンが現れるのです。

あ、それで展示のほうですが、塔本シスコさんは1913年、熊本生まれ。50歳を過ぎて突然、独学で絵を描き始め、2005年に91歳で亡くなるまでおびただしい作品を残したひと。今回の展覧会では200点以上が展示されていました(以上、概要)。

とにかく色彩でひきつけられる。そして、なんともふしぎな構図。楽しい。感心しながら見てました。写真撮影全然オッケーという珍しい展覧会(撮影OKといってもごく一部であることが多い)だったので、ちょっと撮りました。ちょっとだけ。もっと撮ったらよかったかな。なんせ撮り放題ってめったにないので小心な私は「ほんとに・・・?撮った瞬間にこわいおっちゃんが出てくるんじゃないだろうな・・・」とびびってしまうんですよね。

これは桜島だそうです。南米辺りの火山かと思いますが、そうじゃないのです。山は噴火するとこんな丸いおはじきみたいなものをいっぱい出すんですね。なんて素敵なのでしょう。もっと噴火しろ!と思ってしまいますよね。

これはご家族を描いたものだそうです。かわいいようなけったいなような、ほんと不思議で、色鮮やかで、なんともいえません。

これは一番最後のほうのコーナーで、最晩年の作品群。「花」は重要なテーマだったようですが、とにかく、強い。シスコなんて日本離れした名前をつけられた(養父がサンフランシスコに憧れていてつけたとか)せいか、どこか異国の雰囲気がするような。風景も日本であって日本でないような。私なんか地味な名前をつけられたもんで、地味な人生を送ってきました。名前の力はすごいですね。なにを言ってるんだか。
とりあえず楽しい展覧会でした。私も長生きしたいです。

あの戦争のこと

戦争のことをブログで書くなんて初めてかもしれない。毎年8月になるとうっとうしいくらい新聞やテレビではあの戦争の特集が組まれるし、なにもわざわざ私が書くこともないだろうと、だれも聞かないのに言い訳を考えたりしていた。2013年以降は夫が亡くなった月でもあるので、正直そっちのほうへの思いのほうが強かった。これはまあごまかしではない。新聞では相変わらず8月6日も8月9日も8月15日も、亡くなった人それぞれにかけがえのない生活があり、それが失われたことを語るに徹しているが、なんでそういうことになったのかについては以前からそうだけど、年々ごまかされているような気がする。それなら私が亡き夫のことを優先してもバチはあたらないだろう。と思ったりする。

昨日(16日)、テレビでNHKスペシャル「絶望の戦場」を見ていたら、あまりのひどさに泣けて仕方なかった。ずさんな計画を強硬にすすめ、いざとなると兵隊を置いてさっさと逃げる将校たち。その前編ではいわゆる大本営発表のことが取り上げられていた。どちらもひどい。そして2022年の現実を思うと、ひょっとしてこれはまったく同じ状況なのかもと思わされる。

今日、Twitterを眺めていたら、ある人が連投していた。それを読んでたらまた泣けてしまった。

──「戦争で命をかけて戦った」から「そして今の日本がある」と言う人は、因果関係を論理的に説明すべきだ。財閥解体、農地改革、女性参政権を含む普通選挙の実施、国民主権・基本的人権・平和的生存権、今我々が享受している自由や権利は全て敗戦の結果もたらされたもの。戦いで手にしたものではない。

戦後の経済発展、高度成長も、国連加盟を前提としたIMF-GATT、統一世界市場への参加、特にアメリカへの「集中豪雨的」輸出によってもたらされたものだ。経済発展という面でも、「あの戦い」との連続性は存在しない。

僕は「あの戦争で犠牲になって倒れた多くの方たちのおかげで、今日の我々がある」という事の本当の意味は、日本国憲法に凝縮された「戦後的価値」に導いてくれたことだと思っている。立憲主義も、国民主権も、基本的人権も、平和主義もこの賜物であり、戦陣に散った先輩たちの贈り物だと思っている。──

写真は直接関係なく、大阪駅です。

白米?


最近、気づいたが「白ごはん」のことを「白米」という(いや、「書く」?)人が増えているようである。なにそれ。白米といえばお米。玄米を精米したやつ。ご飯に炊く前の状態だと思ってたが違うんかい。

少し前、新聞記事で「その日、彼女はコンビニで白米と鳥の唐揚げの弁当を買おうとして、やめた。」みたいな文章を(確か一人暮らしの女性が困窮しているという記事で)見かけた。気になっていたが、その後、ネットでも複数回見かけた。私は一瞬プラスティックの容器に鳥の唐揚げが入っていて、その横にさらさらしたお米が入っている弁当を思い浮かべて、「いや、そんなもん、どうやって食べんねん!」と脳内でツッコミ、「ちがうだろー!」と声をあげ、それから「は、はーん」と思う。
なんでそんな書き方をするか、推測するに・・・。
「ごはん」と言いたいが、朝ごはん、昼ごはんというように「ごはん」という言葉は「食事」という意味にも使うから、「おかず」の対義語として使っているかどうかわかりにくいのではないかという配慮?から「白米」にしようと思うわけかな。「白米」のほうが正確っぽいと思ったんだろうか。
いや、でも「ごはんと鳥の唐揚げの弁当」で問題ないよね。書いた人は特に悩まず、ふだんから「白米」をよく使ってるんだろう。日常会話ではたぶん「ごはん」とか「飯」というと思う。

あ、そうか。「白飯」のまちがいから「白米」を使うことが広まりつつあるのかも? えーっ!

とにかく変だ!

と私は思う。思うけど、こんなふうにあちこちで用例を見かけるようになったということはもう手遅れだろう。流れる言葉は止められない。私はあきらめがいいのだ。悲しいけど。世の中、思い通りにならないんだよ・・・。
あーあ。いずれわたしも、ひょっとして長生きした折には「白ごはん」のことを「白米」というようになるんだろうか。(こんな言い方おかしい・・・ごはんだよ、ごはん!)とどこかで思いつつ。私って気が弱いから。いやだなー。

写真は梅申東交差点の陸橋。iPhoneのパノラマで撮るとおもしろいです。おととい撮影。