カテゴリー別アーカイブ: 映画

映画観てきた

話題の映画「新聞記者」を観てきた。

いつも行くシネコンではやってないので、なんばまで行く。
上映時間15分くらい前にエレベーターに乗り込んだら私以外に5人の男性(おっちゃん)。全員、同じ映画館に向かった。
最近はこの映画館も機械でチケットを買うようになっているが、座席を選ぶ画面になってびっくり。最前列の数席しか残ってない。まじか。そんなに人気なのか。

仕方ないので最前列の席へ。さっきエレベーターで一緒だった5人のうち何人かがご近所に。やっぱり。おっちゃんはネット予約しないのだ(おまえもなー)。

しかしまあ、なんというか、そびえ立つスクリーン。疲れる。むか〜し、「未知との遭遇」を観たときもこんな感じだったなーとしばし感慨に浸る。

映画は・・・ちょっともの足りなかった。何がときかれると困るし、「対案を出せ」(いやだな、こういう論法)と言われても困るけど。

いま現実に起きているいろいろなことに関する不満や憤りというのは、もう、感じる人はずっと感じてるし、毎日毎日SNSをのぞいてはむかついたり絶望的な気分に陥ってる。だから映画「新聞記者」で描かれている、その元になった事柄はよく知っていて「ああ、あのことだな」とすぐわかるし、いまさら驚きもしない。そのこと自体まったくおかしいんだけど、じゃあそこで、映画としてどう盛り上げて、観る人の心を揺さぶるかというと・・・難しいよね。いろんな方法があるだろうし、これはその中のひとつのやり方、ということだろうけど。

松坂桃李はアクが少なくてもの足りない人だなと思ってたけど、この映画ではすごくていねいに、細やかに演じてて好感度アップ。いい人キャラが役にぴったりあってた。田中哲司は期待通りの怪演。シムウンギョンは、どうかなあ。あの日本語で新聞記者がちゃんと勤まるのかなといらぬ心配をしてしまった。もうちょっとテンポ上げてほしいし。
あ、この映画のタイトル、「新聞記者」より「内閣情報調査室」のほうがよくないですか?

写真は本日のなんばパークス遠望。


「ゴジラ」観てきた

「ゴジラ キングオブモンスターズ」を観てきた。ひゃー、かっこよかったー。
ゴジラにはまったく興味がないし、モスラもキングギドラも名前を知ってる程度なんだけど、今回、なんか予告編が良かったので、観る気になった。

映像がすっごくいいです。キングギドラとゴジラが吹雪の中で向き合うシーンはまさに一幅の絵ですね。火山の中から出現するラドン。神々しいまでのモスラの羽化。吹雪や嵐や噴煙、炎と重ね合わせての映像が多いけど、それが勝因かと思う。少なくとも私の好み。音楽もいいし。

だけど、やっぱりゴジラって間が抜けてると思った。あまり動かないし、動きにくそうだし、顔も、アップになるとつい「こんな顔の人いたよな、誰だっけ・・・」と思ってしまう。それに比べたらキングギドラの動きの優美かつ邪悪なこと。ラドンやモスラは飛べるし。ゴジラはほんと、難しい怪獣だと思う。そういう意味で。なんか笑えてしまう。

もっとも、いわゆる「人間ドラマ」のほうは一応つくってみました程度で、いまひとつ。俳優さんにもちょっと不満だけど、怪獣たちの映画だから、ま、いいか。
あ、ひさしぶりにパンフ買おうかと思ったけど忘れた。

写真はゴジラと関係ありません。

映画館に逃避

団地の配水管補修作業のため、「5月20日の13時〜16時は浴室、台所、洗面、洗濯、トイレ全ての排水を流さないようにお願いします」というお知らせが入っていたので、その間は外に出かけることにした。トイレにも行けないようでは・・・。

それで「名探偵ピカチュウ」を観てきた。ライムシティという「ポケモンと人間が一緒に暮らしている街」が舞台の、まあ楽しい映画です。電車に乗ったらベロリンガになめられたり、エイパムの集団に追いかけられたりとか(どっちも楽しくないけど)。
私の場合、ポケモンはポケgoしか知らない。そんなに興味なかったし、ピカチュウがそれほどかわいいと思わないんだよね。ポケgoでもピカチュウは特別扱いで「博士に送る」ときも、ピカチュウだけは「本当に送りますか?」とだめ押ししてくる。ええ、送りますとも、なにか?!ピカチュウよりかわいいポケモン、いくらでもいるでしょうが!

でも、この「名探偵ピカチュウ」のピカチュウはかなり気に入った。もふもふで表情も豊か。ちょっと、いやかなり「TED」入ってるけどね(笑)
ゲンガーはもふもふでないほうがいいと思うけどな。

最近の私はコダックのかわいさに目覚めた※ばかりなのだが、そのコダックも主人公の彼女のパートナー(相棒、だよね)だったりするし。
(※この間、コダックを倒すレイドがあったのだけど、コダックのバトルぶりがめちゃかわいかったので。)
あと、ドダイトスがそんなにでかかったのか!とびっくりした(ネタバレかな)。
ストーリーは・・・割とどうでもよかったような(おい)
で、帰宅したら無事に補修作業は終わったようでした。

写真は特に関係ありません。



映画観てきた

「主戦場」を観てきた。すっごくひさしぶりの十三、第七藝術劇場。
チケットを買うと番号が書かれた整理券を渡され、狭い通路に並ばされるって、どんなー。これから小劇場の芝居でも観るような雰囲気だが、映画館自体がそんな感じなんだよね。

平日の昼間なのにけっこう人入ってた。次々に画面に映る予告編がどれも商業的に絶対ヒットしなさそうなやつばかりで、ほんと、地味な映画館なんだけど。

映画はいわゆる慰安婦問題を扱ったもので、さまざまな人たちへのインタビューで構成されている。おもしろかった。と同時に慄然とする。あまりにもお粗末な根拠、いや根拠さえねじ曲げてしまう人たちの声が通ってしまう現実に。一方で、こうした時代の中でもこつこつと研究を続け、成果を積み重ねたり、正しいことを(それも淡々と、冷静に)訴え続ける人たちがいるということは大きな励みだ。あきらめてはいけない、と思わされる。

写真は十三駅前(人がちょっと変になってる)と、十三駅ホームのパノラマ。磯丸水産、ここでもしっかり角を取ってる。

バンブルビー

「バンブルビー」を見損ねたと思ってたら、吹き替え版ならやってますよというところがあったので行ってきた。いつも吹き替え版はあまり見ないんだけどまあいいか、と。
吹き替え版のほうが楽なのはわかってるが、日本人の声はやっぱり軽いというか細いというか、物足りないときがあるので。
私は海外ドラマの吹き替え版を見てると声優たちの言い方を真似したくて真似したくて、がまんできなくなり、実際真似して、一緒に見てる人のひんしゅくを買ったりするんだけど、それというのもあのセリフの言い方ってものすごい様式化してるわけでおかしくて、「吹き替え版」という完全に別ものになってるわけで、さらにいえば子供の頃兄が好きでよくかかってたアメリカのテレビドラマの世界にいまさら引き戻されるようでもあり、なんだかんだで避けたいのだ。
テレビのアニメも基本、見ないけど、その理由のひとつは声優の声が苦手だからだ。真似したくなるけど。

で、バンブルビー、おもしろかった。車がばららららっと変身するシーンは何回見てもすてきで、「トランスフォーマー」以来大好きなのだが、「パシフィック・リム」を見に行ったらがっかりした。ちがう、ちがうんだよ・・・単調で退屈で、寝そう。寝た。あんなのだったらもう行かないと決めた。
するとどうでしょう。私みたいな人も多かったとみえ、反省して「バンブルビー」をつくったようです(勝手に想像)。
「どうもトランスフォーマーファンのおばちゃんたちが逃げていったようや。アクション控えめ、もっとホームドラマ的なやつをつくったほうがええんちゃうか」とか「ついでに懐メロを使ったらうけるんちゃいますか、アーハとかボンジョビとか」「おお、そらええアイデアや」とかの会話が交わされたに違いありません。

まあ懐メロを使うなど若干わざとらし感はありますが、でも80年代の曲、私も大好きだしね。いや、そもそも80年代のアメリカ映画も好きかも。だから、バンブルビー(87年の設定)の街のシーンがいちいち懐かしかった。アメリカなんか行ったことないのに。
カーチェイスのシーンはかなり笑えた。まわりの人はあまり笑ってなかったけど(なぜだ?!)。
そうそう、声優といえば主人公・チャーリーのボーイフレンド、メモの声が志尊淳で、あれはぴったりだった。

写真は映画を見たなんばパークスで。

映画観てきた

今日は「運び屋」を観てきた。なかなかおもしろかった。
90歳の運び屋(麻薬とかやばいものを運ぶ人)という、実際にあった話をもとにした脚本だそうで、監督・主演がクリント・イーストウッド。なんといってもイーストウッド本人が88歳なのがミソだよね。
映画の中の運び屋・アールはほんとに90歳の老人としかみえない。運転技術は確かなのだけど、どうみても「年寄り」。実際、演じてるのが88歳なわけだけど、実際によぼよぼの88歳だったらよぼよぼの90歳を「演じる」ことは難しいだろうし、って何いってるんだろう私。
つまり、まあクリント・イーストウッドってものすごいタフな人なんだろうと感心してしまうのだ。体力的にも精神的にも。90歳を「演じる」ことができるのだから。だけど、ひょっとしたらよぼよぼの90歳を演じるのは実はやっぱり楽で、ふだん「年のわりに異常にタフで監督も主演もやってしまう88歳」を演じるのはたいへんなのかもしれないって、さらに何言ってるのか。

写真は今日行ったシネコンの最寄り駅(ていうか隣の駅)そば。
駅前ではもともとダイエーがあったところが工事中で、もうすぐイオンになる。ポケストップはすでに「AEON」になってた。対応早い。

映画観てきた

「ファースト・マン」をとうとうまともな時間帯にやってるうちに見逃したなと半分あきらめてたら(だって朝の9時台なんてどこのヤマシタさんが観に行くんですか!)梅田のステーションシティシネマで夕方のちょうどいい時間にやってることがわかったので、行ってきた。

よかった。観に行ってよかった。
でもすごい緊張感で、私は絶対宇宙飛行士にはなるまいと誓った。ええ、だれがなんと言おうとお断りします。
これってSF映画になるのかな。違うような気がする。とすると、何になるんだろう。そういえば、近所のツタヤでは「SF」とか「ホラー」とかの分類にまじって「ドラマ」というのがあるけど、ドラマって・・・。

映画の途中、終盤近くで「無音」になるところがあるんだけど、そこで私のおなかがすごい音をたてたので、思わずえへん、おほん、とか体をごそごそ動かしてみたりしたけど、効果なかったと思う。

写真は映画館のそばで。

21世紀の女の子

昨日はシネ・リーブルで「21世紀の女の子」という短編映画集を観てきた。ほとんどが90年代生まれという若い女性監督15人が監督した8分の短編映画15本。そのうちの1本に友人が出演しているという興味から、次第に「なんだかおもしろそうだな」と思い始めて、初日の昨日、さっそく行ったのだ。
「友人が出演している」部分は「えっと・・・ええ?今のとこ?!」な感じだったが、それはさておき。

テーマは「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」。これはむずいね。これが映画でなく小説だったら、私だったら、なにを持ってくるかなと考えると。
15本の中で私の一押しは山中瑤子監督の「回転てん子とどりーむ母ちゃん」。画面もいいし、テーマの料理の仕方もいいな。監督、97年生まれって、すごすぎだ。

ていうか、よく考えたら「自分自身のセクシャリティ云々」のテーマって、だれでもあることだと言えるんじゃないだろうか(え、ない?)。とすれば、思い切り好きなように、自分の実感でもってやればいいんじゃないかと、後から思った。

15本のうち1本はアニメで、エンドロールが流れる横で映ってたのでところどころ見逃したけど、これがなかなかよかった。切ないのだ。女の子でいることは切ないのだと思わせた。

メリー・ポピンズ リターンズ

「メリー・ポピンズ」のDVDで予習を済ませ、今日は晴れて「メリー・ポピンズ リターンズ」を観てきたが・・・。
うーん。私的にはあんまりおもしろくなかった。しゃれっ気満載、ユーモアたっぷりのオリジナルに比べて中身が少なく、それを派手な装飾でごまかしてるように思えた。トプシーが登場するシーンはやたら長くて退屈で、結局この部分なくてもよくない?な感じだし、ラスト近くで「それができるならさっさとやれよメリーポピンズ!」と言いたくなったり、メリーの活躍ぶりも中途半端。それに、前作から約20年後の設定なので子ども達は成長して親になっているが、妻は死んでるし、家政婦は年老いてるし、「いなくなったものたちの住む場所は♪」とか言われて、全編なんとなく諸行無常の響きあり、だ。ああ。ぱーっと舞い上がっても何になろう、とおばさんは思ってしまう(ネタバレ)。
思い切って現代に登場させるなんてことはできなかったのかな。当時のファッションとか街並みは確かに魅力的だけど。途中思わず長いまばたきをしてしまったのは内緒だ。

写真はそれと関係なく、ある日の夕景(たぶん3日前)。

メリーポピンズ

いつだったか三谷幸喜がエッセイで「メリーポピンズはセリフもすっかり覚えているくらい何回も見たお気に入りの映画」と書いてたのを読んで、そうか、いっぺん見とかなくちゃな〜と思っていた。
すると、今度は近々新しいメリーポピンズの映画(「メリーポピンズ・リターンズ」)が公開されるという。ちょっと見たい気がするけど、それにはやっぱりオリジナルを先に観なくては!と思ってた矢先、押入れの中からDVDが発掘された(しかも、二枚組・未開封)。

で、今日は封を切って、ひとり鑑賞。うん、確かにおもしろいおもしろい。途中、やや退屈な部分がない、とはいえないけど、かな〜り好み。ダーリンも、たまにはいいものを遺してくれるもんだ。
私が特に、これ、好き!と思ったのは「笑い上戸のおじさん」の話だけど、そういえば「LIFE」で超重い靴をはいていないとふわふわとどこまでも浮かび上がってしまう社長の話があった。そのときはおもしろいことを考えるもんだなと思ったけど、元ネタはこれか? メリーポピンズがどうしてやってくることになったのかの経緯も楽しい。公園の、木々に囲まれた回転木馬はとても美しいし。

ちょっとよくわからなかったのは繰り返し出てくる「義足のスミス」の話。私は頭の回転がにぶいので、何回目かでやっと「あ、そういうことかな」と思ったが、当然映画の中の「爆笑」にはついていけない。ここらが難しいところだ。

バンクス家(メリーポピンズが乳母としてやってくる家)の当主の妻は「女性に参政権を」という運動に夢中で家の中のことは二の次状態。「チム・チム・チェリー」の歌は知っててもそういう設定は知らなかった。この映画の時代設定は1910年。イギリスでは1918年に30歳以上の戸主の女性に参政権が与えられ、28年に男女平等(21歳以上)の普通選挙権となったそうだ。