メリーポピンズ

いつだったか三谷幸喜がエッセイで「メリーポピンズはセリフもすっかり覚えているくらい何回も見たお気に入りの映画」と書いてたのを読んで、そうか、いっぺん見とかなくちゃな〜と思っていた。
すると、今度は近々新しいメリーポピンズの映画(「メリーポピンズ・リターンズ」)が公開されるという。ちょっと見たい気がするけど、それにはやっぱりオリジナルを先に観なくては!と思ってた矢先、押入れの中からDVDが発掘された(しかも、二枚組・未開封)。

で、今日は封を切って、ひとり鑑賞。うん、確かにおもしろいおもしろい。途中、やや退屈な部分がない、とはいえないけど、かな〜り好み。ダーリンも、たまにはいいものを遺してくれるもんだ。
私が特に、これ、好き!と思ったのは「笑い上戸のおじさん」の話だけど、そういえば「LIFE」で超重い靴をはいていないとふわふわとどこまでも浮かび上がってしまう社長の話があった。そのときはおもしろいことを考えるもんだなと思ったけど、元ネタはこれか? メリーポピンズがどうしてやってくることになったのかの経緯も楽しい。公園の、木々に囲まれた回転木馬はとても美しいし。

ちょっとよくわからなかったのは繰り返し出てくる「義足のスミス」の話。私は頭の回転がにぶいので、何回目かでやっと「あ、そういうことかな」と思ったが、当然映画の中の「爆笑」にはついていけない。ここらが難しいところだ。

バンクス家(メリーポピンズが乳母としてやってくる家)の当主の妻は「女性に参政権を」という運動に夢中で家の中のことは二の次状態。「チム・チム・チェリー」の歌は知っててもそういう設定は知らなかった。この映画の時代設定は1910年。イギリスでは1918年に30歳以上の戸主の女性に参政権が与えられ、28年に男女平等(21歳以上)の普通選挙権となったそうだ。

ポートタワー

昨日は神戸で仕事があり、それが終わったあと、せっかくなので港のほうに行ってみた。

そういえばちょうど1年くらい前、はじめて京都タワーにのぼってみたのだった。今回はポートタワー。私は京都タワーにもポートタワーにもくわしくないのだけど、Wikiによると京都タワーができたのが1964年、ポートタワーが1963年だそうだ。年子だな。

昨日はお天気が良くなくて、時々雨がぱらぱら降ったりしたが、かと思うとぱーっと青空ものぞいた。

最近、難波や梅田や京都に行くと平日でも観光客がいっぱいで覚悟してたのだが、神戸はそうではなかった。
観光船の前でおにいさんが「船の上から神戸観光、いかがですかー」と何回も何回も呼びかけていたがあたりはがらんとして、なにやらむなしい雰囲気。私はそのときすごく喉が渇いていて(風邪気味だったので出がけに薬をのんだら鼻水はとまったものの喉が)、ちょうどよかった、ポートタワーの回転喫茶とやらでお茶でも・・・と思って上がってみたら喫茶は「先月閉店した」とのこと。回転展望台そのものは健在でぐるぐるまわっていて椅子もテーブルもあったが、単なる無料休憩所と化していた。まあ人も少なくてのんびりできてよかったといえばよかったんだが、喉がかわいてたんだってば、私は。

ぐるぐるまわる景色をみながらミックスジュースでも飲みたかったなー。

このときはまた薄曇り。左手上のほうに見えるのがポートタウン。その向こうに、かすかに神戸空港が写ってるんだけど、これじゃよくわからないよね。

警備員さん(たぶん)が「潜水艦、見ましたか」と話しかけてくれたので「え、どこですか?」というと「あそこ、モザイクの観覧車のちょっと向こう」と教えてくれた。なるほど、黒っぽいナマコのようなものが2匹、じゃない2隻見えた。


「そこの川崎重工で、この間までは中で補修作業してたんです。それが終わっていまは外に出てますね」とのことだった。

夜景を撮りたかったが、日の入りまでまだだいぶあったし、改めて来ることにした。
ポートタワーよ、またな。

 

がーん

ある小説を読んで、言葉は単にストーリーを進めるための道具ではないと、いまさらながらに痛感する。
世の中にはすでに存在する言葉をたったいまつくりだされたみたいにきらきら輝かせる才能を持った人がいて、時々そういう人に出会う(リアルでも、作品を通じてでも)たびに、がーん!とやられてきた。
でも、そういうのはほんとに「天賦の才」としかいえないもので、真似しようとしてもできない。心底うらやましいと思い、そんなものを持たないまま生まれてきた自分を哀れに思い、そして仕方ないさと開き直る。これの繰り返し。

若いころに出会った、きらきらした才能を持ったひとたち(少なくとも私にはそうみえた)、今頃どうしてるだろうか。まだ書き続けているだろうか。私は、ともかくしつこく書き続けてはいる。開き直りつつ。

写真は夜になる直前の堺の街。

ン十年ぶりに

今日は高校の同窓会のイベントがあった。
私が「高校の同窓会の」というときは本部の場合と、自分の学年の、という場合があるのだけど、今日のは学年のほう。
受付でとてもおしゃれで素敵なコートを着こなしているスタイルのいい人がいて、「(イベントは)まだなんですね」「とりあえず中に入っておきましょうか」などとあたりさわりのない会話を交わし、ふと「ごめんなさい、お名前は」と聞くと「○○です」。
はっ!とした。2年生のとき同じクラスだったけど卒業以来一度も同窓会に現れたことがなく、時々「○○さん、どうしてるんだろね」と話題になったりしたこともある○○さんだったのだ!
そういわれたら確かに○○さんなのだが、かなり雰囲気変わっていて(いい意味で)、ほんとにわからなかった。
まあ、ン十年経って変わらないほうがおかしいよなーと思ったが、○○さんは私に「○○さんでしょ? すぐにわかった」と言われてしまった。
そうか。わかるんだ・・・。

写真は母校の塀沿いに生えていた草の枯れたやつ。

映画観てきた

今日はインド映画「パッドマン」を観てきた。妻のためを思い、生理用品の普及に努力する男、ラクシュミの悪戦苦闘を描いた、実話をもとにした作品。

という程度の前知識しか持っていなかったので、いろいろびっくりした。
生理が穢れと思われ、その期間中は家の中に入ってはいけない(廊下みたいなところで寝起きする)とされていること、ナプキンが普及しておらず、あまり清潔でない古布を使ってることなどは、あーそうなんだと思うが、ラクシュミが試行錯誤しながら自分で作ったり、モニター(とは言ってなかったが)を探したりしていると、それだけでとんでもない扱いを受け、「もうそんなこと言わないで」「恥だから」と一族離散村八分になりかねない大騒ぎで泣くのわめくのというのを見てると、ギャグなのか笑わせてるのかとまじ悩んでしまった。これが「2001年」のことだという。
(だけど、いま書きながら思い出すと、女をばかにしてくやしい、むかつくという気持ちにはならなかった。なぜだろう。あまりにもあまりなので、メルヘンの世界のように思えてしまうからだろうか? ラクシュミがものすごくやさしいからだろうか?)

で、インドにはその時点で生理用品が存在していなかったのかというとそんなことはなく、あるのだけど、ものすごく高価で、貧しい人にはとても買えない。だけど、都市部に住む知識層の人間は普通に使っている。都市と地方の格差が大きいのだ。地方の村ではヒンズー教の信仰が生活に染み込んでいるみたいで、その影響が大きいのだろう。そして最終的にラクシュミはやはり地方の自分の村に・・・って、ネタバレになるからやめておこう。

ラクシュミは立花萬平みたいな男で、もともといろいろ工夫して作ったり(妻と自転車に二人乗りしやすいように、椅子を据え付けたり)、補修するのが得意。仕事の確かさには定評があるようだ。だけど、いったんものづくりに入り込むと夢中になって、まわりがなんと言おうとあきらめない。やっぱり萬平か。パッドの次はチキンラーメンを作ったのではないだろうか。

ニューヨークでなんとかいう人が挨拶(演説?)する場面で「我が国には人口増という問題がある」というのを聞いて一瞬、がーん!となってしまった。インドと日本は・・・ものすごく遠いのだ。

追記:映画は実話を元にしたものだけど脚色もあります、みたいな説明が冒頭にあった。どのへんが脚色かは不明・・・。

写真は今日の梅田。

カモたち

夕方、外に出たついでに公園に寄ったら、この間「水無し池」だったのがすっかり元のように満々と水をたたえ、カモが元気よく泳ぎ回っていた。というより、何をあわてているのかと思うくらい落ち着きなくびゅーっと水面を突っ切ってきたり、またぎゅーっと方向転換したり。
写真でも高速な様子がなんとなく伝わるかと思うけど、カモたちは何をしてたんでしょうか。

夢と陸橋

初夢となる昨日の夢はジェム(という名前の小さな英和・和英辞典)そっくりで、でもジェムより大きい、たぶんA5サイズの本をメルカリに出すという、どうってことない夢だった。
実はダーリンが持っていたジェムが行方不明になっているのだ。あれを捨てようと思って捨てることはない。ダーリンの所持していたものの中で数少ない、私もほしいと思ったものだったから。
だけど、小さいので何かに紛れてしまった可能性は否定できない。まだ片付けてないところがあるので、そのうちひょっこり出てくるんじゃないかと思ってたが、いつまで経っても出てこない。やっぱり知らない間に捨ててしまったのかな・・・と気になってた。それが夢に出てきただけで、夢としては飛躍も奇想もないものだ。まあ私のみる夢なんかそんなものだ。
でも、どっかから出てこないかなあジェム。もう無理か。

堺市庁舎の展望ロビーでプロジェクションマッピングが見られるというので、行ってみた。展望ロビーは21階の高さで、360度開かれた大きな窓から夜景もきれいに見える。その夜景に重ねて音楽とともに映像が映し出されるのだが・・・・・・・・・

 

夜景だけのほうがよかったと思う。

 

気を取り直して。
帰りに堺東名物(と私が勝手に思っている)、大小路橋を撮ってきた。ぬめぬめとややこしい陸橋でおもしろい。広角持ってけばよかった。また撮りなおすかな。

 

そういえば、去年一番最後にみた(というか、覚えている)夢は、仕事をひとつ、完全に忘れていたことに気づいてぼーぜんとするという夢だった。夢と知ったときの安堵感といったら(しかも、この手の夢ははじめてではない)。

今晩みる夢が初夢なのかな。
いい夢がみられますように。

今年はとうとう、元旦に一部持ち越してしまった、年賀状書き。・・・